「マスターはずっとカトリックや、仏教を応援してきました......。
今度は、私たちイスラム教を助ける時が来たのでしょう!」
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インドネシアでは1996年12月、イスラム教徒が主催する精神に関するシンポジウムが開催されました。期間中、私たちは非常にたくさんのサンプル本を来賓、ならびに主催者側の理事やスタッフに配りました。サンプル本を受け取った人々は、その喜びと興奮を隠し切れなかった様で、良いニュースは瞬く間に広がってゆきました。
ある日、センターに電話が入りました。主催者側の、ある地区の支部長からでした。マスターのサンプル本を読んで非常に興味を持ち、是非マスターの教理をもっと勉強したいとの話でした。私たちは支部長をセンターに招待しましたが、約束の日になっても、彼は現れませんでした。最初の第一歩を踏み出すには、困難が付きものであることは私たちも先刻承知だったため、こちらから支部長の家を訪ねることにしました。支部長夫妻とていねいにあいさつを交わし、和やかな懇談会に入ると、とても会話が弾み、長年会わなかった友人のように、非常な親近感を覚えました。支部長はユーモアがあり、又、誠実で20年以上もの間、熱心に霊的な修行を続けて来られた方です。奥さんも品位の高い方で、霊的な分野への強い関心をお持ちのように感じられました。二人はマスターの教えがイスラム教の教理と多くの点で共通していることを理解すると、すぐに方便法を習うための手続きを済ませ、座禅の勉強をするため必ずセンターに来ると約束してくれました。
ある日の午後、支部長夫妻はセンターにやって来ました。方便法を説明した後、座禅に入る前に、方便法は1日につき30分を超えてはいけないと付け加えました。座禅をして時間が来たため、マスターの音楽を流し、灯りをつけましたが、夫妻はなお座禅を続けていました。5分が過ぎ、起こそうと耳もとで指を鳴らしてみましたが、それでも起きず、そのうちさらにもう5分が過ぎてしまいました。私も少し焦ってきて、マスターの定めた時間もとっくに過ぎていたため、やむを得ず、マスターの加持を仰いで、机にあった引磐( お経を詠む棒) を持って耳もとで3回叩きました。少ししてからようやく夫妻は目をさましました。支部長夫人は非常に興奮しながら、『今の座禅の中で暗いトンネルをくぐり抜けると、一面に光が見えました。そしてきれいな風景の中に蓮の花が咲いていました。私は無邪気な子どもに変わり、思う存分遊び、駆け回ったりしていたので、楽しくて、起きるのが嫌になってしまったのです』と話してくれました。支部長は、最初目ざめた時は何も言わず、ただその棒はどこで買ったのか、パワーがすごい、私にも一つ買っていただけないかなどと尋ねるだけでした。その後、よう
やく支部長も、座禅の時にダイヤモンドがまばゆいばかりの光を放っているのが見え、しかも鐘の音が聞こえてきたので、非常にうれしかったと語ってくれました。私は、お二人はとても心が純粋で、誠意をもって教祖アラーに従い、長年修行をしてきたために、方便法を受けただけでも、もうこんなに素晴らしい体験をすることができたのだと説明しました。それからしばらくして、夫妻は子どもたちと友人数人を連れてきて方便法を習いましたが、それは確実に観音法門に対する自信がついたからでしょう。
しかし、私が夫妻に印心するように勧めると、支部長はやや当惑気味に、イスラム教社会では、完全菜食を貫くのは非常に難しいと打ち明けてくれました。しかしながら真理への渇望からでしょうか、その後間もなく完全に菜食に切り替える決意をし、やがて印心を受けました。まさにここでも観音法門がどんなに強力であるか、また、私たちのどんな困難をも解決してくれるものであるかということを改めて証明する結果になりました。
またある日、支部長はとても心をこめて私にこう言いました。『マスターは今までカトリックや、仏教を手伝ってきました…。今度ばかりは、私たちイスラム教を助ける時が来たのでしょう!』それを聞いて私はとても感動しました。なぜならば、イスラム教徒の自らの宗教に対する信仰の深さは世界的に有名だからです。1日に5回も祈りを捧げ、常に神を思い起こすよう心掛けています。老若男女を問わず祈りの時が来れば仕事をやめ、一斉に祈祷に専念する情景は、実に荘厳であり深く感動させられるものがあります。これほどアラーの神に忠誠心を抱けば、神も間違いなく信者が天国に帰る道を探す手助けをしてくれることでしょう。そして観音法門こそが内なる音流を聞くことによって神のもとに帰る最も良い方法なのです。聖書にもこう記してあります。『万物の始まりは音であり、この音は神と共にあり、音こそが神である』観音法門を修行すれば、イスラム教徒もイスラム教の儀式が持つ本当の意味を理解することができるようになり、古代修行者のマホメットと同様に音流を聞く体験を持つことでしょう* 。事実、古代の明師たちが伝えたのはすべて観音法門だったのですが、ただ今日まで伝
わっている形式的な儀式は、当初明師が在世の時に持っていた内在のパワーを欠いたまま執り行われているのです。ですから、今日ではイスラム教にもこの内在の音流を聞く神聖なる法門の伝授者が必要とされており、この福音をイスラム教徒の兄弟姉妹たちに広めていくことが望まれます。願わくは、アラーの神が衆生の熱心な祈りにお応えくださり、1日も早くイスラム教徒を観音法門の修行へとお導きくださり、内なる音流を通して天国に帰れますように。
教祖マホメットは、ヒラ洞窟にてアラーの声を耳にし、コーランを書き記したと言われている。
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