古代国家アルメニア、すなわち、聖書のノアの方舟がアララト山の頂きに上陸したというその聖地は、ヨーロッパのほんの片隅にあります。偉大な建築物が建ち並ぶ景観は、さながら戸外の博物館と言ってもいいほど素晴らしく、絵のように美しい国です。アルメニアは豊かな文化的遺産に恵まれ、人々の信仰も非常に厚い国です。世界で最初にキリスト教を国教として制定した国で、まもなく1,700 回目の記念日を迎えるところです。その、神に対する誠実さと厚い信仰心のために、アルメニアの人々の祈りが天に通じたのでしょう、ついに、ヨーロッパ講演旅行という幸運な機会に、Supreme Master Ching Haiのアルメニア訪問が実現することになったのです。
Supreme Master Ching Haiのアルメニア訪問は、1999年5 月15、16日のほんの2日間という短いものでしたが、マスターの愛と慈悲によって国中が温かい雰囲気に包まれ、人々の心に素晴らしい記憶としてとどめられました。マスターがこの国に対して行った偉大で人道的な業績に対し、アルメニアの国民は感謝でいっぱいです。さらに重要なことは、マスターが伝えた観音法門は、「至高、無上の法門」であり、しかも内面の無上の真我と通じ合う準備が整っている人に、無条件で提供したということをアルメニア国民が認識しているという点です。
Supreme Master Ching Haiのアルメニア訪問は、ナジェハ・サルキシアンさんの尽力なしでは実現しなかったでしょう。サルキシアンさんは、アルメニア共和国国会の女性議員であるとともに、シャルル・アズナブールや、I ・レスニクという著名な音楽家と共演したことのある、国際的に有名な人気歌手でもあります。サルキシアンさんは、特にアルメニアとロシアで有名です。
彼女は、1998年12月にアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスのシュライン・オーディトリアムで開かれたチャリティーコンサート、「音楽を通して平和な一つの世界を」に行ったアルメニア人の親友から、Supreme Master Ching Haiのことを初めて知らされました。Supreme Master Ching Haiを自分の国に迎える絶好の機会であると考えたサルキシアンさんは、早速マスターをアルメニアに招待する手紙を書く準備を始めました。マスター来訪計画の各項目について詳細に至るまで完全に手配するために、サルキシアンさんはアルメニアとロシアを通じて最大で最も名の通った会社の一つ、シャルム社と業務提携しました。活動開始から2カ月あまり経過した時点で、努力の甲斐あって、彼女はSupreme Master Ching Haiのアルメニア訪問受諾の知らせを受けました。マスターの講演から市長との会見、アルメニア国家テレビ局の生放送インタビュー、マスターの訪問の栄誉を受けて催す魅惑的な音楽会の夕べに至るまで、サルキシアンさんは最もふさわしい方法でSupreme Master Ching Haiを迎えるために、楽しい企画の数々を立案しました。
Supreme Master Ching Haiが、アルメニアのにぎやかな首都エレバンに初めて到着したその日は、雨のシャワーに見舞われたおかげで市内全域が洗い清められ、石造りの中世の建物も洗われました。これらの建物は、過去5年間夏の季節に降雨に遭ったことはありませんでした。
講演
1999年5 月15日土曜の朝、この国で最も格式の高い、ホテル・アルメニアの前は黒山の人だかりでした。その中には警官、警護にあたる人、新聞記者、準備委員会のメンバーなどもおり、彼らは講演会場となった「アルメニア文化の中心」コミタス室内楽コンサートホールに、マスターとスタッフらを迎えようと待ち受けていたのです。
午前10時、Supreme Master Ching Haiは警官と警護にあたる人と共に、白いベンツに乗って講演会場に到着しました。これらはすべて組織委員会によって用意されたものです。講演会場でマスターを待ち受けていた記者団は、マスターの到着を捉えようと興奮気味で前方に駆け寄りました。アルメニアの伝統的衣装で着飾った子どもたちは玄関ホールの前に礼儀正しく整列して、マスターの入場を迎えました。子どもたちは恭しくマスターにお辞儀をしてから、この国のお客様を迎えるときの伝統的な作法にのっとって、会場を通ってステージへマスターを案内する間、パンや花を捧げました。会場には1,500 人以上の聴衆が詰めかけ、中には座る椅子がなくて立っている人もいましたが、マスターがステージに上がる間、拍手喝采で歓迎しました。
講演では、マスターは熱心に聞き入っている聴衆に、神との交流によってもっと幸せな人生を送るにはどうすればよいかという彼女の智慧を紹介し、また、人は誰でも内面に神がいるということを思い起こさせました。マスターは、「私たちはどうしてこれほど多くの不幸と、これほど多くの霊的智慧の欠乏に遭わなければならないのでしょうか。なぜでしょう。ときには私たちは何度も祈ります。本当に心を込めて祈りますが、神様は応えてくださらないと感じます。どうしてでしょうか。私は神と直接交流する方法を教えてきました。そして、私は神から命じられて、みなさんが毎日直接神と交流できるようにその方法を教えています。ですからみなさんは神を見ることもできるし、神の話を聞くこともできるし、神を愛することも、神から愛されていると感じることもできます」と言いました。新聞を代表して、『週刊アルメニアビジネス』紙の記者が、「私たちはこの方法(観音法門)を世界の他の人々と同じように必要としています。それはこの方法が、私たちに自らの偉大さを発見するように、自分の内面を見つめることを促してくれるからです」と述べました。
誰もがSupreme Master Ching Haiの智慧と慈悲だけではなく、その多岐にわたる芸術的才能にも深く感動しました。聴衆の中には、組織委員会の重要なメンバーや音楽ホールの支配人をはじめ、医師、弁護士、芸術家、詩人、音楽家といったさまざまな分野で活躍している人たちも大勢いました。隣接する芸術品の展示会場にはマスターの絵画、衣装、宝飾品、灯籠などの創作品が展示されました。観客の一致した意見は、マスターは間違いなく非凡な才能を持った女性であるということでした。マスターが創作したおおらかな作品は、彼女に内在するパワーの断片を垣間見せてくれます。彼女が愛を通して世界を改善するために捧げた努力には、本当に驚くべきものがあります。「彼女は、宗教や民族にかかわらず、誰をも受け入れて援助する第二のマザー・テレサだ」と、参加者の一人は感嘆の声を上げました。講演会に参加した人々は、マスターの講演テープ、CD、本、ビデオを買っていきました。また、Supreme Master Ching Haiの教理をもっと知りたいと、サンプル本や雑誌を求める人もいました。
講演は、Supreme Master Ching Haiに驚き、感激した聴衆の一人でもある、コミタス室内楽ホールの支配人ロバート・サハキアン氏からの贈り物で幕を閉じました。サハキアン氏は、最初から並々ならぬ献身ぶりを発揮し、マスターの講演会を組織する仕事に協力することを誇りとしていました。講演当日まで、休みも取らずに働き続けました。アルメニアを訪問しているマスターのために、この期間中、特にこの音楽ホールで何か特別に記念になることをしたいと言っていました。そこで、国際的な音楽賞を獲得しているアルメニアの有名なオペラ歌手、ベルデ・カチャトリアンさんを招いて、講演の後Supreme Master Ching Haiに捧げるために、『Ocean of Love 〜愛の海』と『Suma Ching Hai』の2曲を歌ってもらう企画を立てました。
サハキアン氏は、特にマスターの作詞作曲による『Ocean of Love 』を選びました。その歌が人類に対するマスターの愛を美しく謳い上げていると考えたからです。ルベトラーナ・アベディスィアンさんによるホールのグランドオルガンの伴奏に合わせ、カチャトリアンさんの声はマイク無しで高く舞い上がり、Supreme Master Ching Haiの歌はホール中に響きわたりました。雷鳴のとどろくような拍手喝采を浴びて、カチャトリアンさんの歌はオペラ風な『Suma Ching Hai』に移りました。(この歌曲は有名なオゥ・ラック(ベトナム)の作曲家アンディ・Q ・リー氏によるもので、1997年12月27日ワシントンD.Cで開かれた、『美の世界をめぐる旅』と題するチャリティーコンサートで、特にSupreme Master Ching Haiに捧げられたものです)
サハキアン氏は、もう一つのマスターへの感謝の贈り物として、マスターのアルメニア訪問を賛美する証として、貴重な国の石でできた時計を寄贈して、講演を終了させました。贈り物は著名なテレビリポーターのサレキス・ナジャリアン氏によってマスターに贈呈されました。献呈とサハキアン氏の誠意に感動したマスターは、それにつられるように自然に、3万ドルをホールに寄付することに決めました。
このような贈り物は期待していなかったので、サハキアン氏は非常に感激しました。サハキアン氏は、このお金は近い将来興行が増大するのに伴って、演奏ホールを改築しなければならなくなったときに使われるだろうと述べて、その寛大で優しい気持ちに対し、マスターに深く感謝しました。これはサハキアン氏がずっと願っていたことだったのですが、そうするための財政的基盤がなかったのです。幸運にも、サハキアン氏の誠意と善意は「最高のパワー」に感動を与え、そのために報われることになったのです。後にサハキアン氏の仲間の一人は、彼に次のように言いました。「神はあなたの誠意と献身に感動したのです!だから神はSupreme Master Ching Haiを通してあなたのところにお金を送ってくださったのです。神はとうとうあなたの祈りに応えてくださったのですよ!」。演奏ホールのスタッフ全員が大変喜び、マスターに深い感謝を捧げました。
慈善訪問
講演の後、Supreme Master Ching Haiは、チッサーナカバルト記念館に案内されました。中心地点にあるモニュメントまで800 メートルほど歩いて、マスターは黙祷を捧げました。永遠の炎の前に大きな花輪を置いた後、館長のラブレンティ・バルセイヤン氏と、アスティック・エディガリアンさんに案内されて、チッサーナカバルト博物館を見学しました。見学が終わると、Supreme Master Ching Haiは博物館の募金箱に3千ドル以上を寄付し、来館者名簿に祝福の言葉を添えて署名しました。
それから、Supreme Master Ching Haiは、1988年の地震によって2万5千人の死者を出し、壊滅的打撃を受けたアルメニアの都市ジャムリー(レニナカン)に向けて、でこぼこの曲がりくねった道路を車で2時間ほど走り続けました。市長のミハエル・ワルダニヤンとジャムリーの知事シラク・ペトロシヤンは、そこで警察の車、講演会の組織委員、新聞記者、警護にあたる人、そして技術者たちを伴って到着するマスターを出迎えました。その数を上回るアルメニアの子どもたちは伝統的衣装を着て、最も大切なお客様であるマスターに敬意を払うため、パンや花を捧げました。応接室に入ると、ワルダニヤン市長は、マスターに有名な画家シャント・サルキシアンが描いた『ジャムリーの冬』と題する油絵を贈りました。すると、マスターは二人に24金のライターを贈ると共に、何と驚くことに市に10万ドルの寄付をしたのです。
マスターからの莫大な寄贈に圧倒されたワルダニヤン市長とペトロシヤン知事は、1988年の悲惨な災害によってこの10年間苦しんできたジャムリー市民へのマスターの優しさと慈悲に対し、くりかえし感謝していました。二人はマスターに、このお金は市の復興と子どもたちのため、学校の建設に使わせていただきたいと言いました。マスターは二人に、市のために必要なことなら何にでも、また市のために最も良いと思われることに使ってかまわないと答えました。マスターは、これは神のお金であり、自分は神の道具にすぎず、お金を出せば出すほど神はたくさん戻してくださるのだと言いました。マスターはさらに追加して、二人に1万ドルの現金を手渡しました。しかし、ワルダニヤン市長とペトロシヤン知事は、半分の5千ドルをジャムリーの孤児院に、残りの半分をジャムリーの高齢者家庭サービスネットワークに寄贈して欲しいと要請しました。
ワルダニヤン市長とペトロシヤン知事は、マスターを案内して孤児院と老人ホームへ向かいました。そこでは、Supreme Master Ching Hai International Associationのメンバーたちが、衣服、洗面用品、毛布、キャンディー、クラッカーなどの贈り物を用意して一行を待ち受けていました。マスターは自ら、施設にいる人たち一人ひとりに贈り物を手渡し、抱擁してみなを祝福しました。マスターはしゃがみこんでベビーサークルの中にいる小さな赤ちゃんや、子ども用の机のそばにいた幼児と一緒に遊びました。孤児院の院長であるルザンナ・アヴァキヤンさんは、愛の証として絵画を贈呈しました。
その後、市長と知事は、アルメニア語で「大救済教会」を意味する、「アメナプルキッチ」へとマスターを案内しました。教会は1988年の大地震で受けた被害の後、再建中で、アルメニアのキリスト教普及1,700 年記念にあたる2001年までの完成が期待されています。
高齢者家庭サービスネットワークでは、責任者であるオリア・ムクルチヤンさんがマスターにプレゼントするために施設の人たちが手がけた作品の数々を用意していました。マスターが到着すると、シラク地区の子どもたちはマスターのために色々な歌を歌いました。そこでもマスターは1万ドルの寄付をして、また自ら老人ホームの居住者に贈り物を手渡しました。ここを去る前に、マスターは責任者に、自分に代わってここの老人たちの世話を十分行ってくださいと依頼しました。マスターは、「ここにいらっしゃる方たちは私の両親であり、天国の神はこの方たちのことを忘れてはいません」と、述べました。
マスターはさらに、1988年の悲惨な災害から未だ復興していない、地震で荒廃した次の都市ヴァナゾール(キロワカン)へ向けて、2時間のドライブを続けました。ヴァナゾールの孤児院の子どもたちは、マスターの到着を今か今かと待っていましたが、マスターが到着すると大喜びで伝統的な歌や踊りを披露して歓迎しました。演技が終わると、子どもたちは自分たちで作ったクロス・ステッチ刺繍の手芸品をマスターにプレゼントしました。マスターはその美しい作品や演技に対し、子どもたちに感謝して一人ひとりを抱擁し、全員に贈り物の入った袋をプレゼントしました。贈り物に加えて、マスターは孤児院に1万ドルを寄付しました。院長のアシク・ハルソニヤン氏は、マスターの慈悲に心からの感謝を捧げました。
次にマスターが行った慈善のための訪問先は、高齢者センター『アズナブール・ポール・ラ・アルメニア』でした。そこでマスターは、ビンゴゲームに加わって勝ちました。マスターは一人ひとりに贈り物をして、優しい言葉で見舞いました。マスターは限りない気前のよさで、ここでもまたホームに1万ドルの寄付をしました。こんなにたくさんの寄付を受けるとは期待もしていなかったので、ホームの院長のルザンナ・アゼティシヤンさんは驚きました。彼女はマスターに心から感謝し、お金は老人たちの食料を買うために使うと言いました。
ヴァナゾール市の市長代理ノリック・サルダニヤン氏は、マスターと一緒に孤児院と高齢者センターを訪れました。マスターが市民に貢献した慈善の数々を目の当たりにして、サルダニヤン氏はヴァナゾールの著名な画家による海の絵をマスターにプレゼントしました。そして、マスターとその一行全員を地元のレストランでの晩餐会に招待しました。
晩餐会で、サルダニヤン氏は、さらに慈悲深いマスターの愛の行動を目にしました。マスターは全員に十分な食事が行き渡っているかどうか見るために、テーブルの端から端まで歩くという気の遣いようでした。また、自らラビッシュ(アルメニアで昔からある平らなパン)でマッシュルームや野菜を巻いて春巻きのようにしたものを、警護にあたっている人、ビデオ撮影をする人、運転手や警察官にまでみなにサービスしました。サルダニヤン氏は、マスターの行動が言葉に勝っていることをはっきりと見て、とても心を打たれました。
その日は、たくさんの笑いと心からの満足で終わりました。特にコミタス室内楽ホールのメンバーや、ジャムリーとヴァナゾールの市民は、神が本当に心の広く優しい女性を通して自分たちの祈りに応えてくださったことに感謝しました。
インタビュー
1999年5 月16日午前9時半、前日と同様に、警察の車が警護の人、そして組織委員のサルキシアンさんとシャルム社会長のルービン・ヤヒニヤン氏を伴って、マスターをアルメニア国家テレビ局のスタジオに案内しました。世界中に向けてテレビ放送されている人気番組であるテレビ・ショー『バレフ(福音)』の生放送インタビューに出演するためです。アナヒト・ムーラディアンさんは、赤いバラの花束でマスターを温かく迎えました。彼女は前日に個人的に見学して、マスターのアルメニアの人々に対する思慮深く、行き届いた慈善活動を目の当たりにしていたので、マスターを非常に尊敬していたのです。
インタビューの間にムーラディアンさんは、マスターが前日に行った慈善旅行とアルメニア慈善財団に贈った寄付の数々を紹介しました。また、Supreme Master Ching Haiを紹介したビデオ『愛の道をゆく』と同様に、マスターが訪問し、援助を申し出た場所を国家テレビ局の映像として放映しました。話し合われたテーマは、他人との分かち合いに関するマスターの考え、人に本当に親切にすることとは一体どういうことなのか、神に対する本当の信仰とは何か、などでした。生放送のインタビューは、多くのアルメニアの人々に、そして、アルメニアだけではなく国際放送として世界中にマスターの真と善を伝えたのです。その日、後にムーラディアンさんは、テレビ局には放送後にアルメニア各地からたくさんの電話があり、Supreme Master Ching Haiの考え方についてもっと質問したり、マスターに会いたいというような要望が寄せられたとマスターに伝えました。マスターは「みなさまに心から感謝致します。どうぞ、神の祝福がありますように」と答えました。
エレバンの養護施設
テレビの生放送後、マスターはエレバンの『子どもの家』に案内されました。そこには1歳から6歳までの孤児が暮らしています。この子どもたちは両親がいないというだけでなく、癌やその他の病気の末期症状に苦しんでいます。マスターはこれらのいとおしい子どもたちのために、大きなぬいぐるみのクマを、他のたくさんのおもちゃと一緒に携えて来ました。マスターが一人ひとりの子どもを愛撫し、自ら子どもたちのためにプレゼントを開いてあげる間、愛と清浄の雰囲気に包まれました。さらに、マスターはこの施設に1万ドルの寄付をしました。施設の院長は、マスターの子どもたちに対する寛大さに心から感謝を捧げました。
エレバン観光
マスターのために少し休憩を取りたいと考えたサルキシアンさんとヤヒニヤン氏は、マスターをちょっとした観光に誘いました。二人は、マスターをエレバン市の高台にあるビクトリア公園の中の展望台に案内したのです。そこからは、アララト山のパノラマ風景を楽しむことができます。マスターは、この聖なる山はヒマラヤを思い出させると言いました。楽しい会話が弾んでいるとき、ヤヒニヤン氏は、マスターの体に熱い太陽光線が当たっているのに気がつきました。マスターが日差しを避けられるようにと、直ちに日傘を買いに行きました。ヤヒニヤン氏の思慮深さは、マスターの赤い花柄の装いにぴったり合う傘を選んできたことからもうかがえました。気分転換をして寛いだ後、一行はまた市に戻ってきました。
エレバンでは、ヤヒニヤン氏はマスターに青空市場ワーニセージと、観光客向けの見世物を案内することに決めました。そこには、あらゆる種類の、興味をひかれる品々が売られています。アンティーク、絵画、手作りの宝石などです。マスターは、そこでアルメニアの人々との会話を楽しんだり、たくさんの珍しい物を品定めしたりしました。そして、アルメニアを訪問した思い出になるようにとおみやげをたくさん買いました。
この間中、サルキシアンさん、ヤヒニヤン氏、シャルム社副会長のカレン・ガザリヤン氏、警護の人、記者団の一行もみな非常に寛いで、マスターとのレジャーを大いに楽しみました。彼らはマスターと自由にジョークや会話をする機会に恵まれたのです。警護の人たちは、マスターをとても好きになり、『音楽を通して平和な一つの世界を』を特集したニュースマガジン100 号に、マスターのサインが欲しいと願い出ました。Supreme Master Ching Haiは、元来はにかみ屋なので当惑しました。私は映画スターではないと言いました。しかし、マスターの新しい友人たちにとって、彼女は単なる有名人ではありません。つまり、マスターはすべてなのです!本当に一行の中の一人は、マスターにアルメニア武術クラブのTシャツをプレゼントしましたし、一方、カレン・ガザリヤン氏もマスターに、一行の愛と称賛の証として色々なおみやげと一緒に、有名なオペラ歌手のCDを何枚かプレゼントしました。
観光はほんの30分の休憩にすぎませんでしたが、それは楽しく忘れられないひとときとなりました。
エレバン市長訪問
午後1時、マスターはエレバン市の市長、スレン・アブラハムヤン氏の執務室に到着しました。市長は花束を手にマスターを温かく迎えました。マスターに対する感謝の気持ちをさらに表すために、市長はマスターの慈善活動に対し、感謝状と銀のメダルを贈りました。マスターに会うと開口一番、マスターから大変優しく快いエネルギーを頂いていると述べました。マスターも、市長は大変親切で徳の高い方だと答えました。
二人は互いにまるで長い間の友人であるかのように話がはずみました。マスターは愛想よくジョークを交えて、市長はアルメニアの次期大統領になるべき方であり、もし人々が市長を大統領に選んだら、きっと国に大きな利益をもたらすだろうと言いました。市長は慎み深く、自分はそのような高い地位に就くことは望んでいないと答えました。そして、自分は現在の地位に十分満足していて、自分が神にお願いしたい唯一のことは、市民へのサービスを向上させるために健康と智慧が欲しいだけだとつけ加えました。それに答えて、マスターは市長に忠告しました。「それは大変簡単なことです。ただ、禁煙するだけで十分です。こんな小さなことで上の方にいる神様を悩ませないでください」
市長やマスターも含めてそこにいたみなが、大笑いしました。すぐさまアブラハムヤン市長はタバコの火を消してマスターとの会話を続けました。その後、ガザリヤン氏はマスターに、多くの施設、特に『子どもの家』は修繕や建て替えが必要であるというエレバンの状況を報告しました。この事情を聞いて、マスターはアブラハムヤン市長に、「こういった問題を解決するにはどのくらいのお金がかかるか」と質問しました。市長は、マスターが援助してくださるなら、どんなものでも、どんなにわずかな金額でも大変嬉しいと答えました。マスターと会えたことが自分にとっては最大の贈り物であるという意味だったのです。
市長の慎み深さに感動して、マスターは市長に24Kのライターを、市には3万ドルの寄付をしました。市長はマスターに心からの感謝を捧げ、マスターの寄付金は『子どもの家』の建設も含めた多くの貴重な事業に使われるだろうと言いました。アルメニアでの生活費は極端に安いので、このような少額でも「奇跡的」と言われるほど役に立つのです。マスターが市長室を去る前に、アブラハムヤン市長はマスターを抱擁したいと願い出ました。二人は神の愛によって抱き合い、一緒に写真を撮りました。市長は、自分は大変嬉しい、そしてマスターに会えたことは非常に光栄であると語りました。
市長室を出た後、マスターはアルメニアで最も古くて有名なローマ・カトリック教会、聖エチミアジン教会に招かれました。一行は到着したときに、教会を訪れる他の多くの訪問者と同様にアルメニアの伝統にのっとり、マスターが黄色いろうそくを1ダース買って砂に立て、静かに祈りました。それから、キリスト磔のモザイクの前に立って静かに祈りを続けました。イエス・キリストと聖母マリアを見て、このような偉大なマスターや聖人たちが人類のために受けた犠牲に対する悲しい記憶がよみがえったのでしょう、マスターの目には涙があふれてきました。ここからは、アーヴァン・ガスパリアン神父がマスターを迎え、古代教会博物館に案内しました。そこには、アルメニアの教会の宝物がすべて保存されているのです。神父は自ら、マスターを神聖な秘宝が保存されている地下室へ案内しました。神父は、マスターとサルキシアン議員の他には同行を許しませんでした。
マスコミ関係者や警護の人たちは、全員階上で辛抱強く待ちました。ガスパリアン神父がマスターを連れて1階に戻ってきたとき、マスターの頬には涙の後がいく筋も残っていました。マスターは、イエスが人類のために甘んじて受けた苦痛と苦難を深く感じたのです。神父と会談した後、マスターは教会のホールの維持費として2万ドルを寄付しました。マスターの寛大さに言葉もない神父は、マスターに自分の『最高』の客として、いつでもアルメニアに戻ってくることを歓迎すると言いました。神父はくりかえし、神の意思の下でごく近い将来、再びマスターを迎えることを望んでいると述べました。
マスターも、それは本当にすべて神の意思次第であるという神父の意見に同意しました。The Supreme Master Ching Hai International Asso- ciation の一行は、マスターの詩や音楽のCDが入っている贈り物の袋を神父に渡しました。それを見てマスターは、ガスパリアン神父のために特別に、自分の作った歌の一つである『Love Me 』を歌おうという気持ちが湧いてきました。
マスターとガスパリアン神父が別れのあいさつをしているとき、群衆の中から小さな子どもが二人、マスターに花束を捧げるためにはにかみながら進み出ました。
帰る道すがら、マスターは泉のそばを通りかかりました。そのとき、ヤヒニヤン氏は、この水はとても清らかで甘いと言いました。ヤヒニヤン氏は水を一口すすっておいしい!と叫ぶと、マスターにも勧めました。ところが、マスターが一口すすると、泉の水は突然空高く噴き上がりました。みな驚いて、何ごとが起こったのかと不思議がりました。ヤヒニヤン氏はマスターに、「あなたはパワーがおありになるのだから、水の高さを下げてみてはいかがですか」と尋ねました。マスターはほほえみました。そして水を見て、手を差し出して下に下げるしぐさをしました。マスターが手を下ろすにつれて、水の高さは自然に下がりました。誰もが畏敬の念を抱き、あれは偶然の一致だったのかと不思議がりました。けれども、マスターはほほえんだだけでした。
記者会見と晩餐音楽会
午後7時からホテル・アルメニアで、Supreme Master Ching Haiの絵画、服飾デザイン、工芸品の展示会が、観客や記者団に楽しんでもらおうと開催されました。マスコミがSupreme Master Ching Haiにインタビューするために、記者会見の場がもたれました。国家テレビ局、エカ・テレビ局、週刊新聞エソ、週刊新聞ウラル、イスクラ新聞、週刊新聞What,When,Where 、週刊新聞ニュータイム、メイ・フレニク・テレビ局、月刊趣味、週刊新聞エヨ、週刊新聞センセーションなどの主要な新聞社とテレビ局からの記者が出席しました。記者団はマスターに対し、大変敬意ある態度で臨み、たくさんの霊的な質問をしました。記者団の質問にすべて満足のいく回答をした後、マスターは記者団全員をその後行われた晩餐音楽会、『音楽と芸術による愛の夕べ』に招待しました。
記者会見が行われている間にも、音楽会参加者が到着し始めました。観客の中には、アルメニア企業民営化大臣パベル・カハーチアン氏、シリア大使ラドワン・ロフティ氏、駐米アルメニア議会代表アルペ・ワルダニアンさんのような、アルメニアの国の内外から来た貴賓も含まれていました。アルメニア作曲家協会代表のヌネ・アサドリヤン氏や、アルメニア・パラジャノン博物館のザベン・サルキシアン氏といったような著名な芸術家のほか、アルメニアの多数の有名人も出席しました。
この正式な晩餐音楽会は、国会議員でハイヤー文化財団会長でもあるナジェハ・サルキシアンさんが、シャルム社の協力を得て企画したものです。両者は、マスターのアルメニア訪問に対する称賛と感謝の意を表したいと考えたのです。シャルム社とハイヤー文化財団は、この音楽会のためにアルメニアで最高のオーケストラ団員、オペラ歌手、その他の出演者を招きました。
組織委員会は、おいしい菜食料理とノンアルコールビールでもてなそうと、出席者の大半にとって珍しいものをたくさん用意しました。出席者はその日の壮麗な演出プログラムと共に、正餐を心ゆくまで楽しみました。出演者は有名なオペラ歌手エドワード・ザハルシアン、ルシーヌ・マルコシアン、シンギンググループ・タラガン、ドレミグループ、ジャズバンド、児童合唱団、アルメニアの最高メンバーで結成されたオーケストラなどでした。
本当に美しい姿をしたこの夕べの特別な貴賓、Supreme Master Ching Haiが会場に入って来るとパーティーは一時中断され、彼女を拍手喝采で迎えました。マスターはテーブルまで近づくと、自ら記者団に給仕して菜食を紹介しました。アナヒト・ホファニスアン記者がウラル新聞の記事に書いたように、「Supreme Master Ching Haiは食事だけでなく、彼女の愛も分け与えてくれた」のです。
大事なことを一つ言い忘れましたが、オペラ歌手ルシーヌ・マルコシアンはマスターを驚かせようと楽しいプレゼントを送りました。マルコシアンさんはプログラムの最後に、マスター自身の作詞・作曲による『Love Me 〜私を愛して』をマスターに捧げました。マスターは謙遜して「マルコシアンさんのオペラ的な声はこの歌を大変価値あるものにしてくれました」と答えました。国会議員のナジェハさんは、シャルム社会長ルービン・ヤヒニヤン氏と共に、愛、支援、親切、寛大さ、その他マスターが市民に捧げたお金では買えない尊い「法門」に対し、感謝の意を表すためにマスターをステージに招きました。
マスターがステージに上がると、企業民営化大臣のパベル・カハーチアン氏は、マスターの顔を彫った金製の像のついた、アルメニアの貴重な国の石でできた花瓶をマスターに贈りました。それは、アルメニアで最も著名な彫刻家の一人、ディビッド・ベジャニアン氏の創作によるものです。パベル・カハーチアン氏はアルメニアを代表して、マスターがアルメニア人のために成し遂げた高潔な功績に対し、花瓶に「アルメニアのためにされた慈善事業に対し、Supreme Master Ching Haiに心から感謝します」という銘文を添えることによって、マスターに感謝の意を表したのです。マスターは、子どもたちの音楽的才能発達のための援助をするという、素晴らしい仕事をしているハイヤー文化財団に2万ドルの寄付をしました。最高の栄誉を受けて、児童基金総裁であるナジェハ・サルキシアンさんは寛大な贈り物を頂くために、前に進み出ました。
同修との会見
音楽会が午後11時に終了したにもかかわらず、マスターと同修との会合は続きました。自分の疲労をものともせず、マスターは同修に会う時間を作ったのです。マスターは根気よく、しかもいとおしそうに新同修全員の一人ひとりに話しかけ、質問や心配事に答えました。
愛の海
アルメニア人は正しく美を評価することのできる国民であり、国内外を問わず、芸術的美しさを演出する人たちに対して永遠に変わらぬ感激を保ち続ける国民です。Supreme Master Ching Haiがアルメニアの人々に広めた無限の愛と教えは、アルメニアの人々の心に深く末長く残りました。マスターはみなに、それぞれの内面の神とつながることによって気高く徳のある人生を送るにはどうすればよいかを学ばせたのです。マスターの寛大さは、この国の人々にまさしく霊感を与えました。音楽ホールの支配人から組織委員のための通訳に至るまですべての人が、アルメニアを訪れて国中をこれほど偉大な慈善事業をして回ったのは彼女が初めてであり、これまで誰もこれほど壮大な使命を果たしたことはなかったと、このとてつもない女性について国中を挙げて話題になっていると言いました。マスターは本当に「愛の海」なのです。
通りの子どもたちは、マスターに花を渡そうと駆け寄ってきました。人々はこの小柄な女性に対する称賛と崇拝の気持ちで一杯になり、マスターのことを世界の第二のマザー・テレサと呼んでいます。マスターのアルメニア訪問と全国をめぐるその人道的な旅行について、アルメニア共和国ハヤスタン、ハヤスタニ・ハンラプトゥヤンといった政府機関紙、週刊アルメニアビジネス紙のような民営紙、同じくテレビ局などが、事あるごとに数えきれないほどの報道をしました。2日間にわたり、マスターは国中を回ってその愛を広め25万ドル以上のお金を寄付し、そのうえ、非常に貴い観音法門を伝えてアルメニアの人々を感動させました。マスターの愛と慈悲は、永遠にアルメニアの国に残るでしょう。
Supreme Master Ching Haiが、アルメニアという小さな国を離れるとき、ちょうど到着したときと同じように天から甘露のような雨が降り注ぎ始めました。それは、マスターがアルメニアとその国の優しい人々にもたらした、新しい生命の足跡なのです。
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