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スリランカ

スリランカ からのレポート

      スリランカ・ディヴァイナー紙の抜粋1999.4.25
      ジャーナリスト:アヌラ・デ・シルバ(原文 スリランカ語)

真実を追求したある女性

前、私は真実を追い求めている一人の女性の話を耳にしたことがあった。彼女を知るきっかけは、国連における女性のための講演の通訳をある外国人から依頼されたことであった。それは思いがけないことだった。しかし私はそれが女性だったので、その講演内容を楽しく読むことができた。彼女の弟子は彼女をSupreme Master Ching Haiと呼んでいた。私は、女性は悟りを得られるかどうかという疑問が、私への答えでもあると感じられたので嬉しく思った。女性がマスターになったり悟りを開くことをこころよく思う宗教指導者がいるかどうかは知らないが、実際、どの宗教においても女性に与えられた地位ははっきりしている。たとえ仏教やキリスト教で女性が男性と同等の権利が与えられているといわれていても、女性が二番手でしかいられないことは明白である。そしてイスラム教においては、果たして女性は二番目でさえいられたかどうか疑わしい。

私たちはキリスト教においてシスターが法皇以上になることは想像できない。たとえマザー・テレサが全世界から聖者として尊敬されても、カソリック教会からは何の地位も与えられなかった。このような状況は仏教界も同じである。もし未来の仏教で、女性が仏になれないという考えを一掃されたならば、それは最も高潔でスピリチュアルな贈り物である。しかし私たちはスリランカ仏教徒の間で尼僧の地位確立について熱い討論があったことを覚えている。現在、もし仏教の尼僧がアラハタ(阿羅漢)のレベルどころか、ソタパティ(須陀沮)のレベル(内在の音の流れに到達すること)にまで至っていたとすれば、現在の教団は、きっと彼女に異教徒の烙印を押すであろう。女性はスピリチュアルな成果ではなく、価値のない保険金を継承させられてきた。それにもかかわらず、人生の初期に仏教とキリスト教の両方を学んだ前述のアジア女性は、教えの中の迷信を無視し、開悟したのである。そしてそれ以来彼女は人々を導き、それが女性であったことは本当に素晴らしかった。

しかし彼女の弟子たちは女性だけではなく、数百万人のアジア人と西洋人の男性もいて、彼女の講演を聞き、そして彼女の方法でメディテーションを行っている。

彼女の名はSupreme Master Ching Hai。現在、多くの文化や宗教背景の異なる弟子たちに囲まれ、彼女は英語、ドイツ語、中国語、フランス語、そしてオゥラック語で話している。彼女は国連において数回の講演をし、職員たちに対する彼女の解答は、彼女のスピリチュアルな力をはっきりと示している。いずれにしても私たちは彼女のスピリチュアルな力に敬服するだろう。なぜならそれが女性であるからだ。

彼女は私たちに、私たちの中には神だけでなく仏もいると語っており、いつでも私たちの心の中の仏性や神性を呼び覚ましてくれるのである。

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