最前線
ヒッピー共同体---マスターのためにアメリカで準備する
アメリカ・サンフランシスコ キャッサバ(原文 英語)

の住むサンフランシスコは30年程前は世界のヒッピーの大本営でした。彼らは誠実に真理を追求し、平和的に戦争と資本主義に反対しました。「花の力」と「愛の最盛期」という共同体の名前を、私は聞いたことがあります。私は、彼らはどこに行ったのか、みんないなくなったのか、とどうなったかがずっと気になっていましたが、最近、インターネットから答を見つけました。彼らの一部はテネシー州の近郊にある「農園」というスピリチュアルな共同体で暮らしています。彼らの話は私の興味を強く引き起こし、その上かなり啓発的だったので、私はさらに彼らに関連する資料を読み、また、彼らを訪問もしました。

1970年に数百人のヒッピーが「世界を救うため、外へ」というスローガンをかかげてカラフルなバスでアメリカを周遊しました。最終的に彼らはテネシー州で一ヵ所の土地を買い取って、アメリカで最大のヒッピー共同体―「農園」を作り上げました。この、都市出身の若者たちは近隣の人々に農耕を教わり、数年以内には食料を自給自足することができるようになりました。彼らは、私たちは一体であるということを深く信じ、私たちと同じ価値観−「愛」、「慈悲」、「非暴力」、「慈善」−を主張していました。彼らは全員、絶対菜食主義者となり、たびたび瞑想をしていました自由恋愛の代わりに終生の婚姻を、麻薬をやる代わりに禁酒禁煙をし、その上お茶さえ禁止でした。彼らは自ら進んで清貧を誓ったのです。

自給自足ができるようになるとすぐに彼らは「豊か」という慈善組織を設立し、多くの人道的な援助、災難救助をしました。彼らはアメリカで最初の豆乳工場を設立して、さらにテンパー(インドネシア式の、大豆で作られた円盤状のケーキ)を広めました。何百人もの子どもが「農園」で菜食をして成長してきました。共同体の生計を維持し、理念を全米各地に広めるために、彼らは多くの啓発的で進歩的な事業を始めました。たとえば、菜食およびアメリカ先住民を専門とした書籍を出版する「書籍出版社」、菜食食品を販売する「通信販売会社」です。彼らは有名になり、多くの人がやって来ました。マザー・テレサは農園を訪れて、彼らを「世界の英雄」と呼び、ウォール・ストリート・ジャーナルは彼らを「アメリカの共同体におけるジェネラルモーターズ」と呼びました。彼らはとても簡素な生活を送り、多くのアメリカ人が貧しいと思うであろう環境で、幸せと満足を感じていました。最近、彼らの一部の人がマスターのことを知りました。ことによると、これは彼らの興味深い物語の新しい章の始まりなのかもしれません。一部の人はすでに方便法を学び始め、いま観音使者に来てもらう計画を 立てています。(彼らは共同体にマスターが来ることを期待しています)純真であるだけでなく非常に熱意のある彼らは、すでに外部の親類や友人にマスターの教理を広めました。彼らは大勢の、アメリカの主流の人々をマスターに接触させるための「戦略的立場」にあるのです。以下は私が最近彼らからもらった電子メールの内容の一部です。

" そう、確かにそうだ…。私は毎日マスターの教理を少しずつ読んで学ぶことで、だんだんわくわくしてきました…。毎日、より多くの友達とマスターのことを話し、また、電子メール、電話、それに手紙でたくさんの友達にマスターを紹介するつもりです。私はこのことに全身全霊を傾けていますし、また、自分がきっと印心することもわかっています。私は電子メールでテネシーの友達にこのことを知らせるつもりです。あなたがはるばるここに来て、マスターのことを私たちに広めてくださったことに感謝します。"

ヒッピー共同体---マスターのためにアメリカで準備する