1999年中秋節特別レポート
9月24日
1999年9 月24--26 日に、オーランドセンターで開かれた国際中秋(名月)節のお祝いは、私たち観音家族にとって、またとない経験をする機会となりました。参加した同修たちはみな、色彩豊かな民族衣裳(オゥラックや中国、韓国、アイルランド、メキシコ、コスタリカなど)や、かぼちゃを思わせる服装、兵士の制服、牧師の式服、などなどを着て参加し、それがお祭りらしい楽しい雰囲気を醸し出しました。弟子たちの創造力は生き生きとしており、オーランドセンターの美しい自然の中で、誰もがこれから始まる楽しい時間を、また家族的な楽しい交わりを、そしてマスターの限りない祝福を期待してわくわくしているように見えました。
センターの大きな樹々のどれもが、キラキラ輝くさまざまな色の短冊で飾られ、風船や紙ちょうちんや金箔や子どもたちへの無数のおもちゃが吊るされました。こんな光景を見てわくわくし、幸せな気分にならない人がいるでしょうか。午後になるとマスターが私たちに会いに来ました!古典的な金色の模様を刺繍した上着を着たマスターは古代の椅子篭に乗り、古代戦士に扮した椅子篭かきのチームに護られて到着しました。マスターはライオン・ダンスのリズムにのって、美しい天女のように行く路々にバラの花びらをまきながらゆっくり進みました。夕べの集いのときには、中国古代皇帝の衣裳に着替えて、私たちと共に美しい月をながめながら月餅を楽しみました。空にかかる満月でさえマスターの金色の光芒の前ではにかんでいるように見えました!
9月25日
マスターは昼食時のフェアにやって来て、中国茶道の屋台でお茶を楽しみました。私は幸運にもマスターの正面にいました。彼女はピンク色の、ヨーロッパ古代の王女様のコスチュームを身につけて客たちと優雅な様子で話していました。私がマスターを見つめると、彼女は優しいまなざしを時折私の方に向けました。私はこの世でこれまでにこんなにも優しく愛に満ちた姿や表情をした人を見たことがありません。マスターの様に、やわらかく美しい天上の声で話す人にも出会ったことがありません。この世界は消えて、マスターのまなざしと顔だけがそこにありました。その最高に幸福な瞬間に、私は死んでもいいと思いました。ああ!私の永遠の恋人よ!
9月26日
夜の集いの後、マスターは各国からの同修たちに順に会い、大きな慈愛と忍耐をもって彼らのあらゆる質問に答え、新しい同修や問題をもつ弟子たちを加護しました。最後にマスターは、その日帰る人々に、彼女と一緒にステージに上がってもよいと言いました。私は、最高に嬉しい気分でした!マスターが私を加護したときに彼女を見つめると、彼女は目を閉じ、手を合わせて祈っていました。彼女の集中力と真心は、私の数千倍も強いのです!マスターは私たちと一緒に朝の9時までいました。彼女はたくさんの人々を加護しました。私は少し疲れを覚えて、傍らにいた長住の同修を知っていたので話しかけました。「朝ごはんを食べに行かない」しかし彼女はマスターを情熱を込めて見つめながら「だめよ!私はマスターがお帰りになった後でなきゃ行かないわ!」。彼女のマスターへの強い愛を感じて、私は危うく涙をこぼしそうになりました。
昼食のとき、マスターは馬に乗って現れ、あたりを動き廻っていました。マスターは夕べの集会からずっと私たちと一緒で、朝の9時まで全く休息をとっていませんでした。そのうえにたくさんの人々を加護したのです。馬に乗ったマスターは、疲れ切って弱っているようでした。バーベキューのテーブルの前で茶わんを持ったまま、私は周囲の人々の目も忘れて大声で泣いてしまいました。その前の晩、マスターは私たちに長住の同修である同理師が亡くなったことを告げました。そして、自分の最良の友人の一人を失ったと言いました。マスターは、人としての感情を示してとても悲しみました。この事件で、マスターは私たちと一緒に過ごす時間をもっと大事にしたいと思ったようです。私たちがいつ彼女のもとを去るかわからないからです。
この夜の集いは、中秋名月節のお祭りの、最後のものでした。マスターはパフォーマンスをとても楽しそうに見ていました。彼女が時折後ろを振り向くとき、私はその表情が本当に純真なのを見ました。そして、マスターは私の方を何回か優しく見ました。私たちと一緒に、彼女はみんなのよく知っているオゥラックの歌をたくさん歌いました。そして、歌えば歌うほど、彼女は明るく元気に満ちて声も大きくなりました。前の晩やその日の昼にはあんなに疲れていたのに、こんなにリフレッシュして元気になった様子を見て、私は不思議に思わずにいられませんでした。この点について、私はかつて同修の男性が「このマスターは本当に『普通の人』ではない!」と讃美していたことを思い出します。
マスターがサトウキビを焼いて私たちと歌を歌ったときは、まるで西湖の古き良き時代にタイムスリップしたように思われました。マスターは私たちを甘やかして、私たちが求める以上のものをを与えました。加持物を投げながら歩き廻っていたとき、マスターは中国の歌を幾つか歌っていました。こんなに年月がたっているのにまだ記憶しているとは、全く驚きでした。マスターは歌詞まではっきりと覚えていたのです!
さて、それからオゥラックとフォルモサの同修たちの間で歌合戦が始まりました。オゥラックの歌の後は中国の歌というように交互に歌って、それは楽しいものでした。最後にマスターが去るとき、フォルモサの同修たちが、フォルモサの歌「ちょっと待って!」を歌いました。全くそのときの状況にぴったりの歌だったので、私は笑いを抑えきれませんでした。
後記
マスターは、私たちに会いに来るときは、いつもきれいにメイクアップし、最高に優雅で美しい衣裳を身につけて、私たちに対する自分の誠意と敬意を示しました。中秋節のお祝いの間中、誰もが天国の品格を表現するために、自分の持つ最も優れた、最も気高い姿を表しているのが見られました。私は普段着を着替える手間を面倒に思う自分のくせをなおそうと決心しました。天国はここ地上にあるのです!
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