不思議な体験
心から信じる者は必ず救われる
フォルモサ・台中南投 ニュースグループ

フォルモサ地震におけるできごと

月21日の朝方、陳さんは地震とわかった途端、あわててスリッパのまま外へ逃げ出しました。玄関まで出て2秒も経たない内に、彼の後で棟ごと“バーン”と建物が崩壊しました。彼は埃だらけになりましたが、さいわいけがはありませんでした。

ある同修は、地震の揺れがおさまってから気がつくと、家は既に倒壊していましたが、彼は無事でした。よく見るとベッドのすぐ上にある壁が一枚のブロックでしっかりと支えられていたお陰でした。彼は隙間から脱出できましたが、周りの家はすべて倒壊してしまいました。無事であったのは、マスターがすべて手配してくださったことと深く信じています。

また、ある同修夫婦は、幼い子ども二人を連れていたので、家が倒れる前に脱出するのに間に合いませんでした。けれども、スムーズにがれきの中から逃げ出すことができ、一家揃って無事でした。ある小柄な女性は14階建ての高層ビルに住んでいましたが地震でビルが傾き、4階部分は地面まで陷没して1階となっていました。ドアの鍵が開かずに危機一髪のときに、彼女がマスターに祈って助けを求めたところ、ドアはすぐに開きました。彼女はきちんと歩けない状況の中で、同じビルの別の階にいる家族6人を助け出し、一緒に危険区域から脱出しました。災害状況がとてもひどい東勢・石崗地区の、一部の同修の家は倒壊してしまいましたが、みな、マスターが助けてくださることを感じ、無事でした。話によると危険なことが色々と、しかも連続的に発生したようです。ある人は、マスターの叫びを聞きました。「早く起きなさい!」。ある人は、裸足でガラスの破片だらけの道を踏んで歩きましたが、何ともありませんでした。また、別のある人は地震発生の前夜、ちょうど親戚の人と一緒に震災区域を離れていたため、災難から逃れることができました。マスターは同修だけではなく、同修の親戚 の面倒もみてくださったのです。ある人の先生は七十数歳の高齢者で、マスターのことを心から信じています。菜食して修行するまでには至っていませんが、マスターの絵と写真を見ただけで、地震のときにも全く恐怖感がなく、周りはすべて地震で壊れてしまっても彼の部屋にある物は普段と変わりなく、動いた跡さえない状態でした。外が停電で真っ暗になったのに、彼の部屋だけが光に満ち、まるで別な次元にいるようでした。

ある人の両親は台中県石崗郷に住んでいました。二人とも七十歳の高齢者で、住んでいる家は古かったため、今回の激しい地震には耐えられないに違いない、と彼女はずっと心配していました。もしかすると生き埋めになったのでは、と最悪の事態まで考えました。後で知ったのは、建物そのものには結構ひびが入って深刻な状態にもかかわらず、両親は無事だったことでした。電話が通じた途端、母親は真っ先にこう話しました。「きっとマスターが私たちを保護してくださったのよ。それは、この頃マスターの『仏讃』のテープを絶えずかけて聞いていたからよ、よかったわ!タンスや物が全部ベッドに倒れて落ちてきたとき、私とお父さんはベッドで寝ていたのに全然怪我しなかったの。本当にあなたのマスターに感謝するわ!」

不思議な写真

呉さんは、南投県の埔里で菜食レストランを営んでいます。地震の夜、事情があってレストランに一人で泊まっていました。夢の中の激しい揺れで目が覚め、暗い中、何も見えなかったけれど、ただ家が崩壊する瞬間の音が耳に入ってきました。あわてて何をすればよいかわからないでいたそのとき、マスターの写真が外へ飛び出して行くのを見て、聖号を唱えながら、その写真を追って3階から2階に降りました。やっとマスターの写真を見つけて胸に強く抱きしめ、暗闇の中を1階へ行こうとしたところ、緊急時に備えた非常用照明がうっすらと見える状況で、階段がもうすでに断裂してしまったことがわかったので2階にとどまり、あぁ、これでおしまいだ、と心の中で観念しました。室内は真っ暗で、机や椅子は散乱し、物も床に転がったり壊れて、シャンデリアは天井で激しく揺れていました。これ以上進めないので、壁について五句を唱えようと心の中で決めました。少なくとも、怪我をしたり、死に顔が醜くなったりはしないでしょうと思いました。しかし、五句を唱えている最中にやっと気がつきました。もし、本当に往生のときが来たのなら、マスターの写真がわざわざ2階まで誘導すること はないでしょう。マスターの本意にやっと気がつき、揺れている家具をどかしながら2階の窓にたどりついた途端、消防車がやって来ました。彼女が2階から助け出されたとき、体からは力が抜けていました。頭の中が真っ白で、ただ、マスターが暗闇の中を導き、助けてくださったことしか覚えていませんでした。

我が家が救済センターになった

江さんは豊原市の郊外にある朴子里に住んでいます。中位の規模の、プラスチックの加工工場を営んでおり、家族の中ではただ彼女一人が印心を受け、修行しています。家族は彼女の信仰をあまり認めていませんが、彼女が常ににこにこして、いかにも喜びに満たされたような春風のような笑顔で、書籍流通センターで自ら喜んで奉仕している姿がよく見られました。彼女はいつも口癖のようにこう言っていました。「すべてマスターから頂いたものです。マスターの良い道具になろうとしているだけ」

一年前に江さんは近くのカーショップでオートバイを購入しました。このとき、店の女主人の黄さんは彼女の態度がとても自在で、穏やかでよく話をするので、意気投合しました。江さんは黄さんにマスターのことを話し、マスターの本や雑誌を渡して縁を結びました。黄さんは本と雑誌を読むと、尊敬と喜びのあまり、さっそく夫婦揃って菜食を始め、肉や魚を見ると気分が悪くなりました。黄さんは何回か印心を受けようと心の中で決めましたが、身の回りの雑用に追われてなかなか思うようにゆきませんでした。

9月21日の大地震の夜、豊原市の豊勢通りは最も災害がひどい地区でした。江さんの家からほんの200 メートルにも満たないところですが、目に入るのは、至る所崩壊した家や残垣などで、死傷者が出て悲しみの場面の連続でした。大通りも本来の姿さえ思い出せないほど変形しており、泥が地震によって2階建ての家の高さまで噴き上げていました。60メートルの幅の豊勢通りも、通る隙間さえありませんでした。水も電気もない寒い夜、被災者の驚きを伴う悲しみの中で、江さんの家は水と電気に全く影響がなく、普段通り家も無事でした。あっという間に被災者が江さんのところにやって来たので、彼女はすぐさま家中にある防寒衣類を取り出して、慰めてあげました。大勢の人々が思わず江さんに言いました。「外と比べたら、ここはまるで天国だ。外は地獄ですよ」。同修たちが彼女の家にお見舞いに駆け込んで来ましたが、そこが「救災センター」になっていたことに、みなが驚きました。被災者のためにマスターがわざわざ用意した浄土であると信じ、トイレを使ったり、テントを張ったり、水を飲んだりするなど、あらゆることに役立つ場所となりました。

地震の後間もなく、黄さんから電話がありました。話によると、地震当時夫婦一緒にマスターに祈りを捧げ、七歳、五歳、三歳の子どもを連れてひびが入った階段から降りて、すでに変形した鉄のドアの、前もって掘られたような穴を通って無事に脱出することができたそうです。彼女はマスターに感謝しており、家は崩壊したけれどもこれから片づけて、すぐにも印心を受けようと決心したとのことでした。

最近も、江さんは以前と変わらずグループメディテーションに励んでいます。私たちが彼女に被災地の復興について尋ねると、大通りはもう通行が可能で、一部の人は依然として江さんの家の廊下でテントを張って生活している、と教えてくれました。その後でさらにつけ加えたのは、相変わらずその口癖でした。「すべてマスターが用意してくださって、すべて神様の手配ですよ!!」

心から信じる者は必ず救われる