ある晴れた秋の日、予期せぬ小さなお客様は、フロリダセンターに訪れました。彼はハンサムで、とてもお行儀のよい男の子でした。私、彼が四本脚ってことをいいましたかしら。新しいフロリダセンターの長住者を紹介したいと思います。ピーターは、子犬でした(子犬にしてはちょっぴり大きすぎますが)。
ピーターという名前は、マスターがつけました。この犬は、8 月のムーンフェスティバルの後、センターの付近をさまよっていた野良犬です。彼は大きな薄茶色の犬で、名札をつけていませんでした。最初、私たちは、特に彼のことなど気にとめていませんでした。野良犬は、このあたりでは特に珍しくもなかったので。それでも、ピーターは忍耐強くこのあたりをぶらぶらしていました。
ある夕方、マスターが来て私たちと夕食をともにすることになりました。ちょうどそのとき、ピーターはマスターに愛想よく近づき、彼女に向かいお手をしたのです。他の人には男であろうと女であろうとそうしませんでしたがマスターにだけ、少なくとも2 回お手をしました。たぶんピーターは、彼の魂でマスターの神々しい光を認識したのか、または、マスターが本当の聖人であることを知っていたのでしょう。マスターは、同修に何か食べるものを持ってくるように言いましたが、彼はそれをがつがつ食べてしまいました。マスターは彼の食べ物が十分でないのを心配し、皿をとってきて自分の食事を彼に与えました。彼は、次々とその食物をたいらげました。また、マスターは素手で彼の食事の温度までチェックしました。マスターはこう言いました。「彼はおいしいステーキ(もちろんベジタリアンですが)から薄味の温野菜までたいらげて、なんて気持ちのよい礼儀正しい犬なんでしょう!」彼は汚い地面に落ちた物でもすっかり食べてしまいました。マスターは、彼の礼儀正しい振る舞いに深く感動したようでした。
その場面で私はピーターの振る舞いよりもむしろマスターの動物に対する慈悲深い接し方に心を打たれ、もう少しで涙がこぼれ落ちるところでした。親愛なるマスターが無力な動物に対してこのように慈悲深く接しているのを目にすると、私自身のことを恥ずかしく思うのでした。というのは、私が人間に対してさえも同じ重さの愛とやさしさで接することができないからです。ただ単に、主催者の女主人(ホストやホステス)としての義務を果たしているにすぎない、とマスターは後に言いました。けれども、私にとってこのことは、どのようにこの世の生きとし生ける者を愛し、気を配るかという一つのレッスンだったように思われるのです。私はいつか、見本となるマスターの行動によって学ばされた大変貴重な教えを、完璧に心から理解できることを切に祈っています。
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