観音法門は私を変えた

 観音法門を修行する前の私は名声と利益を争い、とても欲の強い人間でした。いつも人の目を引く行動をし、見栄っぱりで負けずぎらいでした。仕事上や生活の中で少しでも自分に有利にするために至る所で腰を低くし、権力に媚びたりしました。それは、ただ社会で人の上に立ち、先祖たちが誇りに思えるようになりたかっただけの事です。この目標のために智慧をしぼり、自分を目立たせるいかなる機会も逃がしませんでした。そのため、毎日の生活は気楽ではありませんでした。性格の面でも私はとても女好きで、小さい頃からきれいな女の子を見るのが好きで、おまけにすぐ見とれてしまいがちでした。時にはこのような思いから抜け出す事ができず、自分でもこれはよくない行動で、家庭の平和に影響するという事を知りながら、どうしても自分を抑えられませんでした。
 ある時、帰省した機会に両親からMaster Ching Haiという方が最高の法門を伝授し、これは人を解脱させて仏陀になる事ができると聞き、私は大変驚きました。幼少の頃より両親の影響を受け、私は仏教の経典を読んだり何種類かの気功も練習しましたが、最高の法門があり、しかも大胆にもSupreme Master、つまり最高の師と呼ぶなど一度も耳にした事はありませんでした。それで、自分の浅薄な知識で両親と議論し、心の中で納得する事も信じる事もありませんでした。けれどもやはり好奇心にかられ、Supreme Masterの本の中ではいったい何を言っているのか見たいと思いました。そこで「即刻開悟の鍵」を読み始めました。読み始めると手放す事ができませんでした。マスターの話が私に多くの真理を教えてくれたからです。どんな高い地位があっても、どんなに多くの富があっても最後に残るのは白い骨だけで、一生かかっても自分が誰なのか、なぜこの世に来たのか、また死んだらどこに行くのかもわかりません。もし私利私欲や人の上に立つために心血を注ぎ、これに一生をかけたとしても最後には虚しい無常の物になってしまうだけです。これでは人生を浪費してしまいます。ですから、この限りのある人生で永遠の場所につながっている扉を尋ねあて、真理の世界を体験し、解脱する事が何よりで、これこそが人生にとって最も大きな生活目標であるべきだと思いました。これらの道理は私を諭してくれました。私はマスターの智慧に従い、観音法門を修行する事にしました。しかし、まだやめられない事がありました。なぜでしょうか。必ず菜食しなければならない事は、私のような見栄っぱりの人間にとっては色々と考えざるを得ない事なのです。もし菜食をしたら多くの社交や接待の機会を逃がし、それによって昇進や財産を増やすチャンスを失う事になります。心の中で葛藤し、苦しみました。しかし、菜食を決意するとこのような事は徐々に減ってゆき、最終的には、一生菜食し、観音法門を修行する事にしました。印心を受けて修行してから、私は自分がすっかり変わった事に気づきました。すぐに感情的になったり、名誉を追い求めたりする心はだんだん薄くなり、どこでも自分を目立たせようとして負けず嫌いだったのもどこかに消えてしまって、女好きな性格も大きく改善されました。これは家庭の平和を保つのに大きな助けとなりました。私は落ち着いて穏やかになりました。これには自分でも驚きました。これはいったい何のパワーでしょう。私の性格をこんなにも速く、しかもこんなにも自然に変えるとは。これはマスターからのパワーであり、神・仏菩薩の、真の愛のパワーである事が今の私にはよくわかります。観音法門だけが仏菩薩のパワーと通じ合い、これとつながって、初めて良くない性格や習慣を変え、自分をより完璧に近づける事ができるのです。それよりも重要なのは、生死から解脱して大智慧を見つける事です。観音法門を修行した後の感覚は他の何物にも替えがたいものです。満足し、喜びに満ち、平静になれた感じです。これはどんな名誉や利益や欲望も取って代わる事ができません。私の人生で最も大きな収穫は何かと言えば、それはマスターと出会った事であり、マスターが伝授する観音法門を修行して人生が有意義なものになった事、これで一生を無駄に過ごさなくて済むようになった事です。
 「山河改むるに易く、本性は変え難し」ということわざがありますが、人間の性格を変える事はとても難しいものです。しかし観音法門を修行すれば、すべてを変える事ができます。さらに大事なのは、人を生死から解脱させ、悟りを開かせる事です。これは尽きる事のない宝庫なのです。