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自然な人になる
Supreme Master Ching Hai
フォルモサ・屏東三地門国際禅七 1992.12.23
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みなさんは慎重であるべきで、自信を持ち、内なる声を聞くべきです。今日、私のスタッフがおかしな事を言いました。彼の内面で、すぐに私の所に来て、私が歩く道をライトで照らすべきと感じたと言うのです。それは、その道がとても暗くて石も多くあるので、内面でそういう直感と反応があったわけです。ところが実際には、彼はそこに石のように立ったままだったのです。つまりこれは、私たちがこうしてたびたび間違いを犯すという事です。自分の内面に耳を傾けないからです。もうすでにみなさんに教えましたね。お腹が空けば食べ、疲れれば寝るのです。つまりこのように自然に反応すれば、間違える事はないのです。先入観でその事にふたをしないようにして、「人はこうしている、こう言っている」というような考えに騙されてはいけません。
時々私がこのように言うと、翌日、みなさんはめちゃくちゃな事をします。そして、私が自然な方がいいと言ったからと言いわけをします。それは自然なのではなく、そうたくらんでいるだけです。ですから私にはどうしようもありません。私はもうお手上げです。どう言えばいいかわかりません。それに、恐くて言えません。みなさんは私の話を自分なりの「解釈」で自分に聞かせています。例えば、仮に私が、すでに二人の妻がいるのなら別れる必要はありませんと言うと、二人の妻を得てから印心を受けに来ます。本当にそうするかもしれません。(笑い)その人は、印心を受ける前なら問題ないと言うでしょう。(マスター笑う)そして、わざわざめちゃくちゃな事をします。時にはこんなふうです。みなさんは自分を騙してどうするのですか?真の自分の声に耳を傾けるべきです!
自然な反応は、間違える事はないのです。
私は本当に自然な人に出会う事をとても渇望しています。非常に望んでいます。みなさんが明師を渇望する気持ちよりもっと強いのです。私は「人」を見つけ出せずにいます!
おかしなことです! 人はなぜこんなふうになってしまったのでしょう? 私たちは正しい事をするのに、どうして恐れるのですか? 違いますか? 暗くてしかもたくさんの石がある道で、ライトを持っていない人を見て、ライトで道を照らしてあげて何が間違っていると言うのですか?
もし私がその時みなさんを叱ったら、みなさんは私を叱ってもかまいません。もし私があまりにもひどければ私を叱っても結構です。私を少し開悟させてください。実は、これは非常に簡単な事です。内面ではわかっているのに外面で行動しないのです。その時、みなさんは真の自分の声を聞き入れないからです。実際、毎日そのような事が起きます。毎日、その内面のマスターのパワーは機能が働いて、私たちを手伝おうとしているのに、私たちは自分でそれを邪魔しています。そして苦しむのです。遅かれ早かれ、私たちはしなければならないのですが、少しばかり遅くて、ちょっぴり苦しんでいます。なぜなら天命は変えられないからです。それで普段何かすべき事があり、自分自身もすべきであるとわかっていても、結局は先入観や恐れや惑いなどのためにしないのです。そして非常に思い悩み、大変苦しみます。なぜなら天命を聞かず、真の自分の声に耳を傾けないからです。私たちの世界の多くは、こんなふうだからこそあんなに苦しむのです。互いを汚し、互いにこれが良くないあれが良くないと言います。そうしながら一方では罪悪感を持ち、享受できる事を享受できず、拒絶すべき事を拒絶できないのです。そしてやがてはゆううつになり、生活はとても苦しくなり、全く自由がなくなるのです。
私たちは高い空の下、広い大地に住んでいるのです。障害はありません。ところが、人々はみなそれぞれが刑務所を背負っています。いつも自分を閉じ込め、虐待し、いつも自分の場所に鍵をかけています。そして苦しんでそこに閉じこもり、そこで悶々とし、そこに縛られています。ですから解脱したいのなら、死ぬ時を待つのではなく、今です。現世解脱です。つまり、私たちは自分の刑務所を開放して、非常に自由で、非常に自然で、非常に穏やかな人に変わるのです。自らを縛ったり、禁止したりすればする程、良くありません。普段、私はみなさんを見ると、とても嬉しいのですが、みなさんは私を怖がって、自分でたくさんの事を想像して壁を作ります。その結果、みなさんを見るのは楽しくなくなります。みなさんが緊張すればする程、私は楽しくなくなります。楽しくなくなる程、さらに間違ってしまいます。そして、みなさんもさらに気分良くなくなってさらに緊張し、さらに間違った事をしてしまいます。そしてさらに私から叱られます。叱られる程、みなさんはさらに緊張し、緊張する程さらに叱られ、叱られる程さらに緊張し、緊張する程さらに叱られる…というわけです。そして、だんだん遠く離れてしまいます。それで何か良いことがありますか?
ですから、悩みは本当に自分自身が作るものなのです。たいしたことではありませんよ! 障害というものはないのです。どんな事にも障害はありません。何でもありません。本当に、天下は本来無事なのです。みなさんのほとんどは、こうして悩みを作っています。自分を邪魔し、自分を発展させず、自分をリラックスさせません。リラックスしていなければ、スムーズに思い通りにはなりません。スムーズに思う事ができなければ、物事はうまくいきません。私たちの運命はこうあるべきです。しかし、私たちが楽しんでするか苦しんでするかは、すべて自分次第です。自己を強く縛り、全く解放しなければ、スムーズに思い通りにならないし、楽しく事にあたれません。苦しみは本来ほんのわずかなのに、私たちが何百倍にも増やしているのです。すべては自分で自分を縛っているからです。あぁ!
私はみなさんをとても不憫に思います。時にはどんなふうに話していいのかわからなくなります。実際、生きることはそんなに苦しむ事ではないのです!

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