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贈り物の本当の意味
多くの人は、特に贈り物をするのが好きというわけでなくても贈り物をします。クリスマスが来るからとか、新年だからとか、母親や娘や友人や夫であるからなどの理由です。そして時には、いろいろなものを買ったりしますが、買う方にとっても、もらう方にとっても、それが非常に重荷になります。なぜなら、受け取った物はまるで単なる骸骨のように、そこには魂も愛情も込められていないからです。しかもみんなこの事に気がついているのです。良くない事ですね。たとえクリスマスであろうと新年であろうと、もしその中に愛情が込められていなかったら、あるいは、もし真心のある、純粋な願いや愛の心で贈り物をしたというわけでないなら、プレゼントを交換するのは良くない習慣です。ほとんどの場合、愛情を込めて贈り物をしている人はいません。愛情を込めるには、みんな忙しすぎます。愛情を込めた方が良いのかどうかを考える余裕すらありません。愛情は、窓から外へ逃げて行ってしまいました。クリスマスが来ても、ほとんど愛情は残っていません。
贈り物を通して自分たちの気持ちを表現するのはとても良い習慣です。しかし時には、気持ちが十分込められていれば、たとえ一輪のバラであっても十分なのです。そうでなければ、ただ自分の気前のよさをこれ見よがしに大きな花束を買っても、何の意味もありません。それで、私は時々人がこんなふうに外で言っているのを聞きます。「あ〜あ。クリスマスが来るわ。いやな時期だわ。誰々にはこれを買ってないし、誰々にはあれを買ってないわ」いかにも重荷のようです。愛のお祝いになっていません。友情の絆を祝福する機会ではなく、負担を感じる時期になっています。それではとてもつまらない年中行事ではありませんか。
人々はお互いの義務を果たすためだけに贈り物をしています。しかし、その季節についても、そういう行いや贈り物についても、その意味をきちんと理解していません。それで、クリスマスや新年に買い物に行くのがそんなふうにつまらない仕事になっているのです。どこも人、物で混雑しています。やる事がたくさんで、街は車であふれ、たくさんのプレゼントが包装されたり、あらゆる物で混雑しています。こんな混み具合では、愛情を込めるのもとてもたいへんですね。ですから、ご存じのようにクリスマスの時期にはつまらない物や、いらないおもちゃや、ふだん自分たちが買おうとも思わない不必要な物ばかりでお互いの家を一杯にしようとするだけなのです。冗談が本当になるのはよくある話ですが、あなたが買った贈り物が友人の間を一巡し、自分に戻って来たりします。その時あなたは大笑いしますが、時にはその贈り物は、あなたがいらないまさにその物だったりします。それが一通り廻った後で、あなたの所に戻って来たわけです。
ところで、時々みなさんの中には、クリスマスに私がカードを書かない事に失望する人もいるかもしれません。美しくかわいい女の子が産まれても、私は何かを買ったり、贈り物をしたりする事は決してありません。本当に、この事についてそれ以上考えられないからなのです。みなさんに何を買ってあげれば良いのかわからないのです。それにみなさんがそれを必要としているかどうかも本当にわかりません。今、「それが必要ですか、どうですか?」と尋ねれば、みなさんは言うでしょう。「いいえ、いいえ。マスター。それは必要ありません」。私もそれが本当だとわかってます。なぜなら、こういう事に関して、みなさんは私に嘘を言う事ができないからです。それで、いったいどうして、かわいい物を探しに私がわざわざデパートに買い物に行って、階段を上がったり降りたりしなければならないのでしょうか。 みなさんは、お嬢さんにはその色は着せたくないと思うかもしれません。ところがただ私があげたというだけで、それがマスターからのものであるという理由で、お嬢さんに着せて披露しなければならなくなります。ここまでボタンがあってきつすぎるかもしれませんし、そこまであって、大きすぎるかもしれませんし、洋服が子供を息苦しくさせているかもしれません。ただマスターがあなたにそれを与えたからとか、加持力がたくさんあるからとか、その他どのような無意味な理由があるのかわかりませんが、あなたにとってはただの重荷になるだけです。しかし、私はこのような事はしません。それだけです。それはみなさんやお嬢さんを好きでないからというわけではありません。私はただ、みなさんは、自分の面倒は自分で見られると思っているからです。もし必要ならば、あなたは私の所に来て頼むでしょう。緊急を要する場合は別で、ここに来た時に着る物が無いとか、凍えていて近くに店もないし時間も遅いなどという事ならば、私はおそらく着ている服をあなたに与えるでしょう。しかし、それは義務感でやっているのではありません。ひたすら愛情ゆえなのです。思惑は全くありません。私があげるのがどんな物であれ、私には何も思惑がないという事は、はっきりわかるでしょう。人から贈り物を受け取らないという事は、私たちは常に自分の境遇に満足すべきであり、決して他の人々の物質的な関心を駆り立てて、彼らの注意を私たちに向けさせようと期待してはならないという事なのです。私たちは、常に神が与えてくれた物に満足すべきです。それが、贈り物を受け取らないという事の意味です。母親や親戚などから愛情を込めて贈られた物を断るべきだという事ではありません。ただ自然にすればよいのであって、わきまえてさえいればよいのです。
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