マスターの講義

新しい年、新しい人、新しい雰囲気

 多くの人が正月や祝日の意義を誤解しています。 重要な祝日や新年が来る度に、世界に捧げたり親戚や友人や国に貢献できる、よりすばらしいものが何かあるかどうかをよく考えて、自らを省みるべきです。祝日というのは、それを口実にして食べたり飲んだり遊んだりするためのものではないのです。私たちは、自分の程度の低い行いや言葉を改めなければなりません。 もちろん、みなさんはすでにわかっていますが、この機会にもう一度思い出してください。もうすでにそのようにしていれば、聞かなくてもかまいませんが、もしまだしていなかったり、あるいは忘れてしまっていたら、必ず覚えておいてください。


見方を変えて、新たに出発しよう

 新年がやってきました。 私たちは何か新しい事を試して計画を変えてみると、違う感覚を得られるかもしれません。 例えば習慣を変えてみたり、嫌いな仕事をやめて好きな仕事についたりするのです。 例えばみなさんの知りたい事――私たちはどこから来たのか、私たちはそもそも誰なのか、なぜこの世界に来たのか、亡くなる時はどのように去るのか、誰が離れるのか、どこへ行くのか・・・私たちは普段忙しすぎて、こういった神聖な問題を研究する時間がありませんが、今年はこれをする事に決めるのです。そうすればいい正月と言えるでしょう。


愛で世界を美しくする

 お正月の楽しい雰囲気の中にいても、不幸な人々の事を忘れてはいけません。私たちは愛と献身、そして助け合いの精神によって、この世界を美しくするのです。そしてこの世界をより充実させ、よりすばらしくさせるのです。


新しい年、新しい人

 みなさんが幸福で、新鮮で、新たな自分をスタートできるように願っています。 何をするかを頭に命じてください。すると頭はそれを体の細胞に命令します。 なぜかというと、生まれて以来ずっとそうしてきているからです。歯を磨くように伝えれば、手の細胞が動き始め、腕の筋肉も頭の命令に従って動いてくれます。同様に、これからみなさんは自分の体と頭を思いのままに命令する事ができるようになります。 但し、最高の基準に基づいていればですが。すると体と神経はいう事を聞いてくれます。 体も、頭も、頭脳もみなさんのものですから、みなさんの意思次第で、情報と命令を与えられるのです。
 これまで、なぜ何もできなかったり、失敗してきたのでしょうか。それは、頭脳に対して何をするか十分な命令を与えなかったために、頭脳が細胞に命令できなかったからです。 それで頭は今まで通り、眠り、飲み、食べ、子供を育て、働き、そして死ぬというような命令をし続けたのです。 今、私たちはそれらすべてができます。そのうちの何かを減らすという事ではなくて、ただ一日中寝たり食べたりして、それで人生を終わらせるよりも、もっと有意義な事ができるという意味です。さもなければ、私たちの時間のすべてを無意味な活動に費やしてしまいます。私たちにとってより満足のいく、社会に役立つ、もっと楽しい事に使うべきです。
 何よりもまず、どこに行っても楽しみを見つける事です。 そして同じ過ちを繰り返さないようにしましょう。 うんざりしますから。人は私たちを許してくれますが、いつもというわけにはいきません。 私たちがいつも同じ過ちをすれば、許してはくれても、私たちにあきてしまいます。ですから、過ちを繰り返さない方がいいのです。 もし誰かに、ある行いが良くないと言われたならば、二度としないようにします。 それができればもう完璧です。 ずっと心がけてください。 もし忘れそうならば、「これを二度としてはいけない!」とメモするか、逆の方法を書くのです。例えば、「北へ歩くな」の代わりに、「南へ行こう」と書くのです。できる限りより肯定的にします。「大きな声で話すな」ではなく「静かに話そう、穏やかに話そう、小さな声で話そう」とするのです。そして自分に何回も繰り返して言い聞かせましょう。 それからできるかどうかやってみます。 もしできなかったら、もう一度やり直します。 そして、いつも同じ過ちをして人に不快な思いをさせないように努めましょう。
 自分自身や他の人のためになる事であれば、今年は何でもやってみてください。 自分のやりたい事をリストにして実行しましょう。 自分の誤りを認めて、もし悪い事をしたら謝りましょう。 悪い事をしていないなら謝る必要はありません。忘れてしまえばいいのです。長すぎる議論は不要です。自分自身と他人の時間を無駄にしますから。もしできれば説明して、信じてもらえなかったら忘れてしまいましょう。 たいした事ではありません。 メディテーションの時間を増やすようにするのは当然の事です。いつでも――歩いている時、座っている時、眠っている時、働いている時、休憩時間も、どこにいても常に智慧眼に集中し、聖名を唱えます。これは大いに自分を助けてくれます。
 いつも座ってビジョンを見る必要はありません。進歩すれば、あらゆる面で自分の進歩が見られます。 愛、智慧、創造力、適応力、あらゆる物事に対する理解――それはみなさんが進歩した時です。 いつも座って光を待つ必要はありません。 もしかしたら光が来ても、いびきをかくのに忙しくて見えないかもしれません。 あるいはいびきをかいている時に音が来ても、うるさすぎて聞き分けられません。
 私たちがもっとメディテーションをすれば、この世界は存在し続けるのです。意識しなくても肯定的なエネルギーが放たれるようにしましょう。行動せずに果たす、それが一番の方法なのです。


身をもって範を示せば、世界は平和になる

 話すべき事はすでに話しましたが、重要なのは教えを実行する事です。 新しい年を迎えれば当然進歩しなければなりません。 毎年、「老いる」のではなく、精神的により強くなり、より賢明になる。こうなってこそ初めて「老人」と言えるのであって、年を取れば取るほどいいのです。 例えば、もし去年、自分や他人にとって好ましくない事をしていたら、新しい年には改めなければなりません。 できるだけ改めるのです。行いや言葉に極力気をつけて、ますますすばらしくなりましょう。
 私は、みなさんにどこででもお世辞を言うように勧めているわけではありません。 例えば他人をほめても本心ではそう思っていないとか、人のご機嫌を取るためにした事も、実は自分の考えとは違っているといったような事です。私たちの言葉は心と一致するのが望ましいのです。内と外が一致すれば「禅」になるのです。さもなければ、私たちは一種の偽善者にすぎません。私たちは自然でありながら、礼儀正しく上品でなければなりません。そうすれば、仮に粗野な人でさえも、私たちの様子を見れば自分を恥ずかしく思うでしょう。 新しい年は、私たちに新しい人になるチャンスを与えてくれます。 去年すでに良い人だったのであれば、新しい年にはより良くなるべきです。 もし去年あまり良くなかったのなら、新しい年にはしっかり改めて、良くなれればもちろんすばらしい事です。
 多くの人が正月や祝日の意義を誤解しています。 重要な祝日や新年が来る度に、世界に捧げたり親戚や友人や国に貢献できる、よりすばらしいものが何かあるかどうかをよく考えて、自らを省みるべきです。祝日というのは、それを口実にして食べたり飲んだり遊んだりするためのものではないのです。私たちは、自分の程度の低い行いや言葉を改めなければなりません。 もちろん、みなさんはすでにわかっていますが、この機会にもう一度思い出してください。もうすでにそのようにしていれば、聞かなくてもかまいませんが、もしまだしていなかったり、あるいは忘れてしまっていたら、必ず覚えておいてください。
 この世界で私たちは良い手本になるべきです。 救済にしても、修行にしても、友達の感情やマスターと弟子の関係においても、私たちは良い手本になるべきです。 本当にやむをえない時だけ厳しい方法を使うのです。 普段から優雅で上品な方法で互いに付き合えばよいのではないでしょうか。 天国はここから築き始めるべきなのです!
 特に高い地位にある人は、もっと自分の品格に気をつけるべきです。 役人であれば、当然清廉であるべきです。政府の仕事をするには、努力し、自己を犠牲にしなければなりません。 国民の事を考えて、国のために働くのです。修行をする人やマスターの連絡係等も、自分の言動面で態度や品性に気をつけて、自らの喜びを求めるのではなく、みんなのために奉仕すべきです。 親であれば、もちろん子供の世話をして、気分よく過ごさせるべきです。しかし溺愛してはいけません。 子供は当然親孝行をして、親や先輩の話をよく聞くべきです。
 先生であれば、自分の責任を果たし、生徒に道徳や倫理を教えるべきです。 基本的なイロハは誰でも教えられますが、それでは不十分です。 先生にとって最も重要なのは道徳を教える事です。 立派な品性を教える事です。 親も同様です。子供にご飯を食べさせ、服を着させるだけでは足りません。もし誰もがみな自分の責任をちゃんと果たして、親は子供をよく世話し、子供は親孝行をすれば、世界はもっと平和になるはずです――平和は家庭から始まり、そして天災、戦禍も当然減少するでしょう。
 悟りに導いてくれる人の教えがあれば、私たちの生活は進歩し、より高潔になれます。 修行仲間は互いに悟りに導く人、良い友達になれます。 修行仲間ではなくても、時には私たちの先生になって良い事を教えてくれます。例えば、私たちはその人の善行を見たり、あるいは話を聞いて、心が解放される事もあります。仮に悪い事をするのを見たとしても、少なくとも一つの勉強になります――つまり、そういう事をしてはいけないという事です。
 最後に、みなさん新年おめでとう。 願い事が叶い、早く悟りを開いて解脱できますよう、お祈りします。