マスターの話す物語

ねずみをとる犬

 私たちに、人生や生活の中での愉快な事柄を思い起こさせてくれる寓話はたくさんあります。例えばねずみを捕まえる犬の話です。この本は聖人のジョークを集めたものです。この前は聖人の話ではなかったので、今度は聖人の話、ジョークをしましょう。これらのお話は少しばかりドライなものです。でも、世の中の人々は聖者に対して、常に偉大な哲学や宇宙についてのたとえ話を期待します。ミクロコスモスやらマイクロコスモスやらマカロニやら…。だから聖者は人前では決して笑えないのです。一人の時は笑っているかもしれません。ジョークの本を買ってトイレに座って一人きりで読んでいるかもしれません。そして外に出たらこんな事を言うのです。「空即是色。色即是空」。
 そう、彼はそんなタイプの人なのです。トイレでジョークを研究し、胸が張り裂ける程笑っていながら一歩外に出ればこんな哲学的な事を話すのです。みなさんが誰にも話さないなら後で続きを読んであげましょう。
 これはねずみをとる犬のお話です。ところでねずみをとるのは猫だけのはずですよね? この犬はなぜねずみをとるようになったのでしょう? 誰か知っていますか? 知っていたら手をあげてください。さあさあ、笑わないで。こういう「厳粛な場合」は笑ってはだめですよ。もし少しでも教養があるのならそんな風に笑うものじゃありません。誰か、なぜ犬がねずみをとる事ができたのか知りませんか? 知らない? どうした事でしょうね、みなさんは悟りを開いているはずなのに!
 いいでしょう。昔、中国に一つの国がありました。斎国と呼ぶ事にしましょう。そこには犬の手相をみる事ができる人がいました。つまり犬の手相見です。近所の人が彼の評判を聞いて、ねずみをとる犬をみつけて買ってきてくれないか、と頼みました。
 それから一年がたちました。この犬の手相見はついに一匹の犬を買ってみんなの所へ連れて来て言いました。「これはジャーマンシェパードです。とてもすばらしい、最高の犬ですよ」。そこで近所の人は彼にお礼を言って、その犬を飼い始めました。ところが何年たってもその犬がねずみをとるところを見た者はなく、本当に全く、ねずみの毛さえ持ってこないし、それどころかねずみには見向きもしません。
 そこで犬を買った人は犬の手相見の所へ、見立てが間違っていたのではないか、それにこの犬はジャーマンシェパードではなくて北京テリヤではないか、と文句を言いに行きました。すると彼はこう言いました。「いやいやとんでもない。間違いなく120%ジャーマンシェパードです。この犬は最高なんですよ! でもね、ごぞんじでしょうが、これは羊やかもしかを捕まえるように訓練されているので、ねずみはとりたがらないのです」。近所の人は困って「ではどうすればいいのでしょう? 私たちはこの犬にねずみをとってもらいたいんです。そう言ったじゃないですか」と言うと、手相見は答えました。「大丈夫、心配しないで。犬をすみっこに縛りつけて餌をやらなければいいんです。そうすればねずみが通りかかれば必ず捕まえるでしょう」。その後、犬はねずみをとるようになり、縄をといて自由にしていても、やっぱりねずみをとりました。それが習慣になったのです。
 これは人間にもあてはまります。私たちは元々天国にいたのです。何でも持っていましたし、何もかも自由で、万能でした。力に満ちあふれ、光り輝いていたのです。ところが今はこの物質世界にやって来て、この肉体という名の牢獄、この小さな一室に縛りつけられています。ちょっと大きな部屋をあてがわれている人もいますが、私のはとっても小さいですね!(笑い) さて、私たちは修行者です。経験に基いた事だけをお話ししましょう。このようにして私たちはねずみをとるのです。この世界におけるねずみとは、つまりお金や、有名になる事や、社会的名声や利益や、競争に勝つ事だったり、喧嘩やささいな事で争ったり怒ったり、陰でいがみあったりする事です。みんなねずみと言えます。そして哀れな事に、私たちはそれを楽しんでいるのです。それはこの肉体という鎖に閉じ込められてきたせいです。そして他の事は何一つ知らないのです。私たちは元々天国にいたのに、それをすっかり忘れてしまっているのです。これがこの人生を生きるという事です。
 ええ、これは犬の人生ではありません。一つのたとえ話です。一部の人々はいわゆる「犬の人生」・・そう呼ぶのはその人生があまりにも惨めだからです・・を歩みます。人は時にものすごく働きます。子供がたくさんいたり、多額の借金があるような人は一日に18時間も働きます。あるいは何かの病気だったり具合が悪かったりして、突然払いきれないような借金ができれば、昼も夜も働き詰めに働かなくてはなりません。それもこれも日に二、三度とる食事と肉体をおおう衣服のためだけにです。それを「犬の人生」というのです。
 このような事が起きるのは、私たちが本当の自分をすっかり忘れてしまっているからです。それを思い出すのはとても難しいのですが、みなさんは今まさに、少しずつではありますが、思い出しつつあります。時間はかかります。今さら犬にねずみをとるのをやめさせるのはとても難しい事だからです。以前はねずみなど見向きもしなかったのに、今度はとるのをやめる事ができません。すべては習慣です。だから苦しみや混乱のさなかに、常に私たちは自分自身、本当の源を思い起こさなければいけません。それを憶えておいてください。私たちに、自分はつまらない人間で、罪深く、決して偉大になれず、何もできず、毎日のわずかな食べ物と着る物以上には何も望めないと思わせる、この世界の否定的な力に決して飲み込まれないでください。
 さあ、良いお話でしたね。私はもうこれ以上言う事はありません。この話はとっても明確ですから。


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