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魔とは私たち自身の怠惰である
Q:魔について説明して頂けますか?
M:おや、まあ! 私としてはむしろ神について説明したいところです。魔とは私たち自身の怠惰以外の何ものでもありません。私たちは厳しすぎる、難しすぎる、時間がかかりすぎる、などと言って諦めたり、降参したりして、奮闘するのを嫌います。こういった事がみんな魔なのです。私たちはそれについて普段気にもとめていません。私たちの中には二つの力が働いています。一方がこう言います。「良い事をしなければならない」そしてもう一方はこう言うのです。「ああ、どうしてこう面倒なんだろう。眠っちゃえ!」
これが魔です。魔とは外から来るものではなく、私たち自身の中にあるのです。ですから、自分の力でそれと闘いなさい。でも、もちろん外からの影響もあります。場所や、かかわり合った人々や、人々が作り出す雰囲気といったものです。時に私たちはそれにはまり込んで、そのせいで影響を受けたりする事もあります。とはいえ、外からの影響も私たちの怠惰な部分を目がけてやって来るのです。私たちは怠惰から脱け出すために闘おうとはしません。自分を向上させたくないのです。自分は強いと思いたくないのです。
決して諦めてはいけません。努力し続ければ必ず報われます。本当です! 何かを成し遂げた後、自分自身のために闘ったり、立ち上がったりした後は気分が良くなるものです。不可能な事など何もありません。もしかすると私たちは悲惨な状況におかれるかもしれません。泣くかもしれません。でも、立ち上がるのです。結局は立ち上がらなければなりません。魔とは自分自身の怠け心にすぎないのです。魔が私たちに悪さをしているのではありません。本当です。なぜなら私たちは聖人であり、神の化身なのですから。(拍手)
魔は単なるテストです。私たちがこの人生という学校で時々受けなければならない試験なのです。この世には自分自身を訓練する以外に学校というものはありません。どんな状況もすべて私たちがより強くなるためにあるのです。魔などというものはありません。ただのテストにすぎません。自分で自分をテストしているのです。私たちはこの世界に降りて来る前、あれやこれやを成し遂げると、そう誓ってきたのです。でも、それと同時に私たちの行く手にはいろいろな障害物も用意してあります。それによって、私たちは自分に何ができるのか、自分がどれ程強いのか、どれ程決心が固いかを知るのです。ですから魔なんていません。そんなもの気にしないでください。それは私たち自身の一部なのです!
魔は私たち自身です!
Q:今あなたがおっしゃった事に関連しますが、そのテストがとても難しい場合があります。そんな時、私は障害を打ち破るためにものすごく強くならなければいけないように感じるのです。でもそうすると周りの人にこう言われたりします。「だめだめ、気を楽にして!
神さまがなさる事です」。そして私はただリラックスし、成り行きにまかせます。そこで質問ですが、自力で頑張ってなすべき事か、神さまに任せてリラックスする事か、そのバランスをどのようにとればいいかを教えてください。
M:いいでしょう。全力を尽くしなさい。そうすれば残りは神が引き受けてくれます。(拍手) あなたがやれる事をした後で、初めて神は残りを片付けてくださるのです。そういう事です。もし自分だけの力で成功したなら、結構!
その時は誇りに思うでしょうし、幸せに感じるに違いありません。ベストを尽くしてしまえば、他には何もやりようがありません。もちろん、いつも神さまにお任せするわけではありません。私たちは何かをするため、自分自身の強さを習得するためにこの世界に降りて来ているのですから。何もせずにすべてを神にゆだねる事もできます。でも、何もせずにどうやって生きて行くのですか?
そういう風にしたいですか? だめだめ、退屈でしかたがないですよ。だからこそ、乗り越えるための試練があるのです。そして、それをするのはあなた自身のためであり、するかしないか、なるかならないかは自分次第なのです。
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