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悪習慣を絶つためのコツ
 Q:常習性のあるものに中毒になっている人がそれをやめるようにするには、私たちはどのように手助けをすれば良いでしょうか?
マスター(以下M):麻薬とかお酒のようなものですか? その人たちがやめたいと思っているのなら、ただ励ますだけにするべきで、彼らは自分で自分を救わなければなりません。そして、もし彼らが自分自身を救おうとしているのなら、できる限り励まし、支えるようにするべきです。彼らを救えるのは、彼ら自身を除いて他にはいません。みなさんはただそばにいて、支え、励ますのです。とても難しい事です。でも、彼らが本当にその習慣をやめたいと思っているのなら、3週間でできます。どんな習慣でも3週間でやめる事が可能なのです。ですから、彼らに21日間我慢するように言いなさい。それで可能です、どんな習慣でも。21日間毎日耐えれば、どんな習慣でも3週間でやめられます。もし彼らがその期限まで頑張れば、その習慣に終止符を打つ事ができるでしょう。
Q:その21日間に、彼らが特にしなければならない事は何ですか?
M:絶つ事です。常習性になる物は何でもやめるのです。例えばアルコール中毒なら、アルコール飲料を絶たねばなりません。冷蔵庫を空にし、飲み友達を遠ざけるのです。居酒屋の事を思い描いてもいけませんし、夢の中でさえバーに近づいてはいけません!
酒屋のまわりをうろついてはいけません。どこかへ買い物に出かける時も、目をつぶって買いたい物めがけてまっすぐ行かなければだめです。例えば、もしバターが欲しければ、目隠しをしてまっすぐバターの所にだけ行くのです。それと、きょろきょろしない事です。アルコール飲料はどこにでもありますからね。
同時にお酒に代わるもの、彼らが2番目に好きで害にならないものに替えねばなりません。例えば映画が好きなら、しょっちゅう映画を見ればいいのです。もし好きならば、口をいつもふさいでおくためにチューインガムを噛んでもいいし、何かを飲み続けてもいいでしょう。つまりお酒が飲みたくなったらいつでも代わりにすぐ牛乳や豆乳やジュースを飲めばいいのです。それから、お酒を飲む時にいつも決まった瓶から飲んでいたのなら、その瓶に牛乳を入れて、いつもその瓶から飲むようにする事もできます。元気が出て楽しくて、害にならないものに替えましょう。いろいろなスポーツをたくさんして、支えになってくれる友達に会いに行ったりするのです。お医者さんに相談したり、環境を変えたり、転職もいいかもしれません。あるいは、もしこういった事が必要ないなら、生活に変化を持たせる事もよいかもしれません。例えば、ずっとサッカーをしたいと思っていたけれど、これまで全くそのための時間を割いた事がなかったとします。彼らは今こそ実行できますね。21日間何かで時間を埋めるのです。そうすればお酒の事はすべて忘れてしまいます。
友達は大切です。しかし良い友達だけです。飲み友達とは付き合わないようにしなければなりません。もちろん、ヨガ教室や水泳に行ったりする事もできます。ヨガや瞑想といった、精神的な鍛練も大変役に立ちます。低級な欲望から高尚なものに取って代える事が、より向上してやり甲斐があるものだと自分に感じさせるのです。
大半の人は習慣によって飲んでいます。また、人生はかくもつまらないものだと感じてもいるので飲み続けるのです。そして、飲めば飲むほど活動的でなくなります。活動的でないと、さらにつまらなくなります。それが繰り返される、いわば悪循環です。この習慣を何かもっと良いものに代えなければいけません。彼らは自分自身の事を考えなければなりません。例えば、幼少時代から今までの自分の人生のうちで、何が自分をよい気分にさせてくれたか、というようにです。どんな事が一番楽しかったかを書き出して、項目番号を(1)とします。どういう人たちと一緒にいると一番励みになったか、幸せを感じたかを書いて(2)とします。どんな場所が自分にとって、とても楽しかったか。例えば、快適に感じて忘れ難い所を(3)として書きます。
そして、自分にはこれらすべてがあるのだという事をこの21日のうちに確かめなければなりません。これはとても重要な事です。そうすれば、彼らの人生は幸せで、満ち足りた楽しいものとなります。こうして前進するための十分な力と目標ができるわけです。これは同時に、自分の悪い習慣を忘れ去るためでもあります。ただそこに座って、他に代わるものもなくて我慢するだけでは死んでしまいます。それではものすごく辛くなってしまいます。けれど、もしその人がうんと忙しければ、夜、家に帰ると死んだように眠りに落ちるでしょう。仮にお酒が目の前に置いてあったとしても、それを手にするチャンスもありません。手に取ろうとするかもしれませんが、酒瓶の前ですぐに眠ってしまうでしょう。
私たちみんなにも似たような事が言えます。中毒になった人たちだけとは限りません。もし、みなさんがとても辛い時期にあったり、何かで落ち込んでいる時、例えば、心が傷ついていたり、恋愛が終わってしまったばかりとか、仕事がうまくいかなかったり――何かでがっかりしていたり、気が滅入っていたり――したら、それに代わるものをすぐさま探しなさい。座って、思い出せる限り昔までさかのぼって、何が自分を幸せにしてくれたか、
誰が自分をよい気分にさせてくれたか、これまででどこが一番面白かったり気分よく感じたかを考えて、状況が許せばそこへ行きなさい。自分と同じ事に興味を持っている人たち、自分にとって良い人たち、自分に自信を与えてくれる、愛や励みや「仲間」と感じさせてくれる人たちに会いに行きなさい。そして、以前よくやっていた事や、やりたい事、もしくは、かつて経験した中で本当によい気分になるとわかっている事をするのです。そうしたものの所へ行きなさい。すべてそのような楽しいもの、楽しい人たち、楽しい所を利用して自分を忙しくさせるのです。そうすればお酒の事など考える暇もなくなってしまいます。
私たちがお酒を飲んだり、たばこを吸ったりするのは、大抵たいくつだったり、不安だったり、心配だったりするからです。そうなる理由は、自分の大好きな人、もしくは好感の持てる人たちと一緒じゃないからとか、楽しんだり喜びを与えてくれるものがなかったり、自分のいる場所が憂鬱な所だったり、いやな環境だったりするからです。そんな環境で、友達も楽しい事もない気持ちのふさぐ状況が続けば、もっと飲んだり、たばこを吸ったり、なんでもするでしょう。つらい期間を耐えなさい。どんな習慣でも
21日間でやめられる事を保証します。毎回、長くて21日です。21日で、みなさんはどんな習慣も打ち破る事ができます。
ところでみなさんは、釈迦牟尼仏がなぜ菩提樹の下に行って49日間座っていたか知っていますか? 確実にしたかったからです!(笑い) イエスも砂漠に49日間行っていました。なぜ49日なのでしょうか?
7×7あるいは 7×3 です。神がどのように7日間で世界を創造したか覚えていますか? 最初、神は世界をグチャグチャに創ったのですが、それでも一応7日以内でした。ですから私たちが何かを成し遂げようとする際には、このサイクルを人生の様々な事に応用できるのです。それで私たちはたまに7日間のリトリートを行うのです。
もっと長くてもかまいませんよ。今回は7日間ですが、時間のある人は誰でももっと長居をしてかまいません。21日とか49日、それで即座に聖人になるのです。1ヵ月半後にはこのセンターは歩く仏様で一杯になります。(笑い)
どうしてダメな事がありましょうか? チベットではブッダたち(Tulkus)が街中を走り回っています。つまり、そこには活仏がどこにでもいるという事ですから、私たちもここで同じようにできるはずなのです。(拍手)
ところが、そこにはワナがあります。みなさんがこの種のスランプに陥っていたり、なにかを必要としている時には、自分に楽しみを与えてくれる場所へ起き上がって出かけて行く事も、自分に愛を感じさせてくれたり、励ましてくれる人に連絡をとる事も、自分に幸福感を与えてくれる事をしに行くのも、すごくすごく難しいのです。でもやりなさい!
とにかく一度やってみるのです。そして、一度そこに到達すれば、自分がした事に喜びを感じるようになるでしょう。
その人々に伝えなさい。「最初の一歩だけは努力しなければなりません」と。それだけです。初めが肝心です。いったん始めれば続きます。なぜならあらゆる楽しみと幸福感を再び味わえるからです。悪い習慣を思い出さなくなります。思い出す事があったとしても、今では、毎日する事がたくさんあったり、楽しい人々がいっぱいで――
これをやって、あそこへ行って、これを話して、ジョークを言って、一緒に何かして、パーティーをして、という具合に楽しい事がたくさんあります。それで、考えすぎになるほどの時間もなくなります。考える時もあるかもしれません。けれども、する事がなく、つまらない仕事をしてつまらない家に帰ったり、友達がいなくて淋しい時
――それでは死んでしまいます――に比べて、それほど強くは考えません。支えもなく、それに代わる喜びもない、そんな状態では誰も悪い習慣から抜け出す事はできません。自分を楽しませてくれる人々や、よい気分にさせてくれる人々、自分に喜びを与えてくれる場所、あるいは興味を持たせてくれたり幸せを感じさせてくれる健康的な活動が必要なのです。
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