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毎日が修養
昨年、澎湖で行なわれた夏季キャンプに行きそこなった事を私はずっと残念に思っていました。そこで今年は必ず参加しようと心に決めて、我が家の小さな修行者と自分のために、今回の児童夏季キャンプへの参加を申し込みました。
元々、キャンプに参加した目的は単に子供の面倒を見るためだったのですが、到着してすぐに、活動全体がとても有意義で心に残るものであると感じました。長い間、私は心の奥で、常に自分を解放したいと渇望していました。心ゆくまで笑いたい、広々とした所を自由に走り回りたい・・・と。今回のキャンプでは私のすべての願望が満たされました。長い間運動していなかったのですが、スタッフの指導のもと体を動かすと、全身の細胞がすぐに生き生きとしてきた事を感じました。午後のプログラムはもっと激しいエアロビクスダンスで、今度は女性の指導で、さらにたっぷりと汗をかいて過ごしました。全身の筋肉が抗議していましたが、あんなにも大勢の修行仲間と一緒にエアロビクスダンスができて、本当に楽しかったです。とりわけ感動したのは、みんなが照れや堅苦しさを捨てて力いっぱい体を動かし、神様からいただいた愉快な休暇を享受していた事でした。
今回の活動の場所は海岸だったため、やはり砂浜と水上でのゲームがたくさんありました。私たちのほとんどがもう若くはありませんが、子供のようにゲームに熱中して無邪気な面を見せていました。キャンプが終わってすでに数日たちましたが、当時の情景を思い出すと思わず顔がほころびます。それに、私は自分の泳ぎが以前と比べてかなり進歩した事に気づきました。苦手な平泳ぎも上手になりました。これはきっと観音法門のおかげで得られた利益なのでしょう。
体を動かす活動以外に、修行に関する多くのプログラムも計画されていました。例えば、修行仲間の修行に対する考え方の発表、砂の上で心と体をリラクッスさせる砂風呂、また、自分たちで作った修行歌を歌ったり、大変啓発させられる映画を見たりしました。当時の感動は、とても口で言い表せるものではなく、私はしょっちゅう、こらえきれずに堰がきれたように涙を流していました。今回の夏季キャンプは、私にとって本当に明るい笑いと涙がいっぱいのものでした。
「行、住、座、臥、すべてが禅である」とよく聞きますが、実は私たちには、そこに含まれている意味はあまりよくわからず、修行レベルの高い人にしか理解できないものだと思っていました。しかし、日頃の奉仕作業への参加、特に今回の活動中に、この言葉の意味に気づきました。もし常に注意を智慧眼に集中していれば、私たちは本当にマスターからの加持のパワーを受け取れるのです。修行は足を組んでメディテーションするだけではありません。もし団体活動や私たちのグループの仕事に参加しなければ、自分のレベルがどれほどであるかわからず、隠れた自分の才能を知る事もできないのです。
この他、スタッフが誠心誠意、修行仲間のために奉仕しているのを見た事はもう一つの感動でした。マスターがこんなにも多くの勉強と成長のチャンスをくださった事に、私は本当に感謝しています。
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