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楽しい教師
観音法門を修行して以来、教師の仕事は気楽で自由なものとなりました。最も不思議なのは、怒らなくなった事です。印心する前は、よく生徒たちのネガティブな行為に腹を立て、胃が痛くなるほどでした。しかし、今では怒る事が見つかりません。まさにマスターが「悪い人はいません。すべて環境が引き起こしているのです」と話したように、確かに悪い子はいません。ただ悪い習慣を改善すれば良いのです。ただ私たちが愛によって彼らの悪い習慣を変えさせれば、どの子もみな善良でかわいいのです。
印心を受けると、私たちは命を尊重する事についてより理解し、自然にこの概念を子供たちに浸透させるようになります。最近、私の学校では蚕を飼うのがはやっていて、全校生徒が蚕の箱を一つずつ持っています。多くの生徒は蚕をおもちゃと見なしているのに対し、私のクラスの生徒は、赤ちゃんを育てるように愛情深く蚕の世話をしています。彼らは蚕のために注意深く寝床を整え、桑の葉をやり、何かあるとすぐに元気かどうか調べます。さらに病気になった蚕のためには「病室」を用意して新鮮な桑の葉を与え、蚕のために祈り、蚕が死んでしまって葬るまで、嫌がる事なくずっと世話を続けます。子供は一度性格が形成されると容易には変わらないので、こういった命を尊重する態度を彼らの心に植え付ける事ができれば、成長した後も必ず愛をもって他の生きとし生けるものに接する事ができるでしょう。
修行を始めると、物事を見る角度がそれまでと違ってきます。価値観も大きく変わります。私たちがマスターに従って歩んでいるのは真理の道で、包容力、尊重、そして愛ある生活を送っているので、子供たちもそれを見聞きするうちに知らず知らずその影響を受けて高潔な生活を送る事になるでしょう。
マスターの指導のおかげで、俗世間の教師という肩書きに迷って生徒たちを誤って教えるという事にならずにすみました。そしてまた、私の教師という生涯の仕事は光輝く有意義なものともなったのです。
続く
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