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石から聖人へ
孟母三遷
中国に、孟子にまつわる話があります。孟子は偉大な賢人ですし、聖人でもあります。しかしそれは、彼には徳の高い母親がいたからなのです。子供の頃、家の隣が屠殺場だったので、彼は人が動物を屠殺する様子を見に行っていました。家に帰ると、蛙、猫、犬などの小さな動物を捕まえて、見た事をまねして殺すようになりました。子供は良い事であろうと悪い事であろうと何でもまねをします。私はそうではありませんでしたが。大勢のいとこや近所の子供が、しょっちゅう鳥を捕まえてきては焼いて食べていたのを覚えています。それに、彼らはおもちゃにするためにいろいろな昆虫を殺していました。私はそういう事はきらいなので決してしませんでした。しかし、ほとんどの子供は良い悪いに関係なくまねをします。孟子の母親は隣の影響で子供にこのような悪い習慣がつくのを見て、彼のために引っ越しました。「ここは私の子供にとって良くない場所です」と彼女は言いました。聖人のような母です。彼らは裕福ではなかったでしょうし、母親は一人だったと思います。夫がいなかったのです。おそらく亡くなったのでしょう。彼女は機織りをして一人で子供を育てました。機織りではそうたくさんは稼げないのでとても貧乏でした。それでも彼女は自分の時間、体力、そしてお金を子供のために犠牲にしました。それがどんなに気高い事か想像できますか?
それで私は、彼女を聖人のような母だと言っているのです。古代の中国では、引っ越しは簡単ではありませんでした。交通機関も、助けてくれる人もいません。母と子供だけです。どんなに難しい事だったかおわかりでしょう。
さて、彼女は近所に引っ越しました。しばらくして、子供が家に帰ると毎日葬式ごっこをして泣いたり叫んだりするのに気づきました。子供は来る日も来る日も葬式をしていました。やがて、彼女は葬儀屋のすぐそばに住んでいる事に気づきました。そこで彼はそれを覚えたのでした。「ここは私の子供には良くない」と彼女は言いました。
彼女は再び引っ越しました。3番目の場所です。ついに彼女は学校の隣に引っ越したのです。そこでは、孔子やいろいろな聖人の教理を教えていました。すると子供は、家で聖人のようにふるまいました!
良い生徒としての行儀や、とても品があり、気高くて、徳が高くて―といった聖人のような思想を身につけました。そして母親は言いました。「まあ、こここそ、私の子供にふさわしい場所です」。
その後、子供は成長したのでもちろん学校に行きました。彼は学校に行くのが好きでした。「学校は大好きです!」彼は言いました。学者のようになりたかったので、学校に行ったのです。しかしある日、ちょっとした事から彼は学校に嫌気がさしました。おそらく先生に叱られたか、ルームメートが良くなかったか、彼が怠けたかだったのでしょう。授業の途中で家に帰って寝てしまい、もう学校に行こうとはしませんでした。
布を切断する
母親は、その日学校に戻らせようと一生懸命説得しましたが、彼は行きませんでした。行きたくないと頑固に言い張ったのです。母親はその時、絹の布を織っていました。彼があまりに頑固だったので、彼女はその絹の布をナイフで切り、子供に尋ねました。「この布は今使えるかしら?
役に立つかしら?」「もちろん使えません! どうしてそれをだめにしたのですか? 良くできていたのに、どうして切ったのですか?」と子供は言いました。母親は言いました。「そうね。これはあなたの勉強のようなものなのよ。続けなければ役に立たないの。中断してしまったら、これまでにした事がいったいなんの役に立つでしょう?
中断したものは役に立たないのよ」
私たちの修行も同じです。私たちも毎日継続しなければなりません。これまでがどんなにすばらしくても、これからがどんなにすばらしくても、中断してしまえば流れは続きません。そして、生きて行く中で困難や障害や不安を経験するでしょう。物事が思い通りに、いつでも順調にたやすく運ぶ事は期待できないでしょう。私たちは状況に応じて取捨選択する事や、剛と柔を使い分ける事を学ばなければなりません。そうでなければ、人生でたくさんの困難に遭遇するでしょうし、成長もしないのです。
忘れられていた聖母
孟子の母親が凡人であったならば、今日私たちが孟子の名を耳にする事はなかったでしょう。聖人として歴史に名を残す事はなかったでしょう。中国にはたくさんの人々がいます。膨大な数の人々がいる、広大な国なのです。このような莫大な数の人々と広大な国の中で、ほんの一握りの聖人の一人として名を連ねるのは、簡単な事ではありません。中国は数え切れないほど人口が多く、その中で有名になるのはそう簡単ではないのです!
中国には4、5千年の歴史があり、数少ない聖人の一人として有名になるのは並大抵の事ではありません。しかし、人々は彼の母親の事は忘れています。彼女がどういう人で何をしたのか知りません。絹の布を切って、3回引っ越したという事しか知らないのです。しかし彼女の行動は、孟子が民衆に説いた講義よりももっと価値があります。彼女はマスターとして、あらゆる時代のマスターとしてふさわしい人です。彼女はあらゆる母親、あらゆるマスターのマスターなのです!
彼女が聖人でなく、賢い女性でなければ、あのような状況で、貧しい状態であれだけの犠牲を払ったりはしなかったでしょう。
孟子にこのような母親がいなかったとしたら、どうなっていたか想像できますか? ――例えば、生活のために毎日動物を殺して満足するような「立派な」聖人というような。ですから、どのようにして聖人が造られるのかおわかりでしょう。私たちは石からでも聖人を造る事ができます。私は聖人を造るための製造工場を始めようと思います。きっとできるでしょう。ただ良いお手本を与え、よい環境を造り、良い話をすれば、人は聖人になれるのです。
子供の教育の大切さ
チベットでは、修行僧の教育を子供の頃から行ないます。修行僧のほとんどは子供の頃から勉強しています。幼い時から寺に行きますが、そのほとんどは孤児か、両親に養育する余裕のない貧乏な家の子供です。子供たちは完全に寺院に預けられて、家に帰る事はありません。ですから子供の頃から訓練されて成長してゆくのです。聖人としてのレベルがどうかはわかりませんが、少なくとも彼らの行儀やふるまいはとてもすばらしいものです。
子供の頃に教わる事は、すべてがたいへん重要です。私の祖母や父は私にとってとても良い先生だったと思います。祖母は私によく本を読ませたものでした。だいぶ年をとっていたので、読む事ができなかったからです。私が祖母に読んだ本は、実はすべて大人向けの哲学書だったのですが、彼女はそれに聞き入っていました。私は祖母が大好きで、いつもついてまわっていました。それで彼女にたくさん本を読んであげる係だったのです。しかし、祖母より私の方が夢中になっていました。時々祖母が眠ってしまったり忙しかったりする時は、一人で読んでいました。それで、私は荘子や老子やいろいろな中国のものや他の文化的な哲学書といった、普通は子供が読まないものを読みました。夜寝ている時は、私は宙を飛び回り、聖人に会ったりしました。夢の中では、いろんな超能力がありました。そういう事が今の私を作ったのだと思います。やはり影響があるのです。今日、すばらしい赤ちゃんを産むためや胎児に高貴な考え方を植え付けるため、妊娠中に良い本を読んだり美しい顔を想像したり、あるいは寝室や家中にすてきな絵を掛けたりして妊娠時教育が行われています。それも役に立つ事です。
親の神聖な使命
実は、親は神の子供を教育するよう、神から委任されているのです。しかし、ほとんどの親はこの任務を忘れています。親は子供を愛しますが、同時に子供の事を財産として見てもいるので、成長した後は両親のために有名になったり、お金を稼いだりして恩返しをすべきだと考えています。それで親は子供に対して、学校へ行きなさい、技術を身につけなくちゃダメだ、ああしろこうしろとしょっちゅううるさく言うのです。そこには道徳的な動機は全くなく、まさにお金の目的しかありません。ほとんどの場合がこうですが、すべての家族がそうだという意味ではありませんよ。しかし、こういう人たちは互いにこう教え合うのです。「社会的地位を得るため、高収入を得るため、良い伴侶を得るため、安定した生活を送るために10年、20年かけて勉強しなければならない」と。
私たちの社会では、いつもこういった事が強調されています。もし信心深ければ、子供を聖職者の所に連れて行きます。その聖職者はなんにも知らないというのに。
つまりこうして私たちは一人取り残されて、この世での修行に奮闘するというわけです。もし、聖人や在世のマスターの聖なる教えにたまたま出合えるほど幸運でなかったら、人生をどう送る事になるのか想像できますか?
生まれてから死ぬまで、たった一つの考えしか頭にないのです。つまり、お金を稼ぐ、社会的地位を得る、子供を育てる、それもアヒルや豚などの動物を飼育するように。人間として、もし人生や神に対しての高い理想がないのなら、動物と同じです。しかし、どのようにしてこういう事を教えてくれる先生を見つけたらよいのでしょう。私たちはこれまで15年から20年間、学校で洗脳され続けてきました。すべてお金のためです!
ごらんなさい、それがたった一つの動機なのです。その動機を隠すため、周りにどんなにたくさんメリケン粉をつけても、その上にどんなに胡椒や唐辛子を振りかけても問題ではありません。ただひたすらお金のためだけなのです。生活のためにお金を稼ぐだけにとどまりません。お金は時々人を迷わせて、尊厳を売らせたり、あらゆる道徳的規範などを忘れさせたりします。
社会は私たちにこんなふうに教え込むのです。そして家族でさえも。もちろんすべての家族がこうだというわけではありません。こうして自分自身の面倒を見るため、何もかも忘れて、とまではいきませんが、お金を稼いだり地位を得たりしなければならないのです。というわけで、私たちは神からかなりかけ離れているのです。もし私たちが神に近いとしたら、きっとそれはお金の神様か銀行の神様に違いありません!
泥棒の物語
大泥棒の話があります。彼は政府が絞首刑を言い渡すほどたくさんの悪い事や殺人を犯しました。ところで、死刑執行前には最後の望みを叶えさせてもらえます。悪名高い彼は捕まるまで何十年とかかっています。懺悔の気持ちや良心などは全く持ち合わせていない大泥棒で、バナナを叩き切るように殺人を犯しました。
さて、彼の最後の望みは母親に会う事でした。誰もが、彼にも母親への愛情がある事に驚きました。しかし「あいつを愛する人など世界中に誰もいないだろうから、母親を恋しく思うのに違いない。そしてあいつを愛してくれる唯一の人間なのだから、母親に会いたがるのは当然だ」と人々は考えました。そこで母親が彼に会うために呼ばれました。みんなは彼の事を知っているので、死刑執行を見に来ました。大きな人だかりの真ん中に彼はいました。そして彼は、母親が来ると抱きしめました。突然、母親は大声で叫び、気絶して地面に倒れました。頭の横から血が流れていました。見ると彼の口の中には母親の耳がありました。
人々は彼の所に駆け寄って言いました。「どうした? なぜお母さんの耳を噛みちぎったんだ?」彼は耳を取り出し、母を指さして言いました。「俺ではなく、この女こそ本当の罪人だ。お前らは間違った判決を下した」。そして次のような話を始めました。小学生の頃、家族は生活に困る事はありませんでした。裕福というほどではありませんでしたが、貧乏でもありませんでした。ある日、彼はペンを忘れたので同級生から借りました。しかし返すのを忘れて家に持ち帰ってしまいました。彼は母親に「ねえ、同級生に借りたペンを返し忘れちゃったよ。今から戻って返さないと。じゃないと、きっとあの子が困るだろうから」と言いました。母親は「だめだめ!
おまえが持っていなさい、持っているんだよ! 明日はインクと本を借りて、返すんじゃないよ。どうなると思うかい? そうすれば、あたしはおまえに買ってやらなくてすむのさ。向こうが忘れたら好都合だよ。お前が手にしたものはお前の物なんだよ。お前が持って帰れりゃお前の物だよ」。しかし、何人かの同級生は返してほしいと言ったので、彼はどうすればよいかわからなくなりました。そして家に帰り、尋ねました。「お母さん、友達は返してほしがっているよ。ねえ、返していいかい?」すると母親は答えました。「だめだめ、この次は友達を殴って言いなさい。『やだよ。これは俺のだ』って」。母親は、幼い頃から力ずくで手に入れる事を子供に教えました。そして彼はだんだん母親の命令で自分自身や彼女のために大きなものを盗むようになりました。最初は暴力を振るい、恐喝し、ついには殺人を犯しました。殺す必要のない時でさえ、人を殺しました。習慣になっていたからです。
聖人の仲間に入る
おわかりのように、もともと彼はとても正直な子供でした。借りた物を返そうとしたのですから。彼は中国の聖人である孟子よりもずっと善人でした。子供の頃は善悪の区別ができていたのです。孟子にはできませんでした。孟子はなんでもまねをしました。しかし、この泥棒が子供の頃は、善し悪しがわかっていたのです。孟子には、悪い子を聖人に変えてくれる良い母がいただけです。ですから友達というのはたいへん重要なのです。オゥラックには「友は選択すべし」ということわざがあります。それは、友達を選ぶ時は慎重にしなさいという意味です。しかし、家族はどうやって選べばいいのでしょう。これはとても残念な事です。ですから家族の影響から抜け出すためには強い意志が必要なわけです。聖人にたまたま出会わなかったとしたら、正しい事は決してわからないでしょう。この二人の子供の例えからもおわかりでしょう。一人は無知で悪くて愚かな子供でしたが、すばらしい聖人になりました。もう一人は正直で純粋な子供だったのが、救いようのない恐ろしい罪人になりました。ですから他人を判断する時は、その人の背景を知らなければならないのです。そして開悟しなければ、その事はわかりません。それで聖書にも「人を裁くなかれ、そうすれば汝も裁かれまい」と書かれているのです。しかし開悟すれば、人を判断したくなくなります。ただ、助けたくなるだけです。それが悟りのすばらしい点なのです。正しい判断をしたいなら悟りを開かなければなりません。開悟すればあれこれ判断しなくなります。みんなを、正しい情報が不足しているために過ちを犯した子供であると思えて、なんとかその正しい情報を与えようとします。それが悟りのすばらしいところです。他に開悟の良い点がないとすれば、ですが。
ですからインドには「常に聖人の仲間を探しなさい」ということわざがあるのです。というのは、インドでは聖人を非常に尊敬しているからです。誰でも聖人の後をついて行きます。西洋や他の国では、人はお金を追求しますが、インドでは聖人を追い求めるのです。インド人は、あらゆる聖人が恐れるほど、聖人を追い続けます。時には聖人たちが逃げなければならない事もあります。彼らは逃げたり、隠れたりします。彼らは人々を怖がるのです。
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