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各家庭で修行すれば誰もが聖人になる
ほとんどの不良少年は、実はそれほど悪くはありません。多くの殺人犯や強盗犯もそれほど悪くありません。彼らが悪くなったのは、彼らに良い事を教える人はいなくて、悪い事を教える人だけだったからです。学校では道徳規範をほとんど教えていません。子供に、ただどうやって数学や歴史などを早く覚えるかを教えるだけです。そして急いで卒業したらやっと仕事にありつけて、お金を稼げるようになるというわけです。親も子供に「おまえがもしちゃんと勉強しなかったら、大きくなってからお金を稼げないんだよ。お金がなければいいお嫁さんはもらえないよ」などとせきたてます。それから学校もそういうふうに強調します。みんなが互いに競争します。それは、ただお金、社会的地位、名誉や利益のためだけで、子供に道徳や、責任や、社会貢献の概念を教えてはいません。ですから私たちに続く世代は本当にかわいそうですね!
そういうわけで、今度強盗を非難したり、あるいは子供が悪くて叱ろうと思った時にはもう一度考え、自分を振り返るのです。「私は本当にちゃんと親や先輩としての責任を果たしただろうか?」と。たぶん自分を恥ずかしく感じるでしょう!
でも、それは私たちのせいではないのです。私たちの親も私たちに良い事を教えてくれなかったからです。ですから私たちの代からは、もう待たないで、早く自分自身と子供に良い事を教えて新しい道を行きましょう。さもなければ、子供が悪くなってしまいます。子供が悪いのは生まれつきではありません。生まれながらに悪い子供は非常に少ないのです。
アメリカのある刑務所では、比較的若い殺人犯や強盗だけを収容しています。アメリカにはこのような刑務所はもちろんたくさんあります。しかし、この刑務所はちょっと変わっています。と言うのは、収監されている少年の教育を特別重視しているのです。政府の統計によると、凶暴な罪を犯した人は刑期を終えて出獄してもまた同じ罪を犯しています。しかしこの刑務所では、様々な方法によって罪を犯した若者を教育して彼らに責任感や羞恥心を感じさせ、なぜ二度とそういう事をしてはいけないのかを教えるのです。その結果、160人の若い殺人犯の中で、再び罪を犯したのはわずかに一人だけでした!
彼らは犯罪者を教育し、その表面の冷淡さや罪を認めない仮面を取り外して自分の良心に直面させます。するとやがて彼らは、そういう事をするのは良くないと理解します。この刑務所ではこれらの犯罪者に、自分の命に責任を持つのと同じように、他人の命にも責任を持たなければならない事を教えます。また、犯罪者に被害者の役を演じさせます。すると彼らは被害者の苦しみ、さらにそれによる被害者の家族、子供、友人の苦しみを知ります。そして彼らは泣き出して心から悔いるまで教育されるので、出獄後に再び過ちを犯す事がないのです。
もしそれらの犯罪者が自分の間違いを認めず、また、自分の良心に直面せずに、冷淡な仮面をつけ続けて自分の心に正直でなかったならば、刑務所から出て、また過ちを犯します。殺人が癖になってしまうのです。彼らは人を物と同じだと思っていて、人の命の大切さを理解できていませんし、被害者や被害者の親族や友人の気持ちもわかっていないのです。だからこそ犯罪者へのこういった教育方法は有効なのです。
ですから、不良少年や犯罪者は本当はそれほど悪くなくて、多くは彼らの家庭環境が良くないのです。例えば母親が薬物中毒であるとか、あるいは継父がギャンブルをしたり、お酒を飲んではしょっちゅう彼らに乱暴をふるうというように。このような家庭環境は悪事を働く子供を作り出す可能性があります。彼らは恨む気持ちを他人で晴らすからです。ですから、こういった刑務所の教育システムも、犯罪者をこのような環境に直面させ、その後彼らに対して、自分の恨みを他の無辜の人に当てるのはいけない事であると教えます。この無辜の人々も彼らと同様に気の毒な場合もあり、ひょっとすると彼らと同じような家庭背景を持っているかもしれないからです。
刑務所では犯罪者の様々な家庭背景によって違う方法で教育し、とても高い効果を得ています。その刑務所から出所した160人のうちのたった一人しか再び過ちを犯さなかったのです。しかし、ここでは1年に24人しか収容できません。これはとても時間と根気を要する事だからです。
ですから、自分の子供を幼い時からちゃんと世話した方が良いでしょう。ほんの数人の子供の面倒を見るだけでいいのです。さもなければ子供が大きくなった時に社会の負担になります。道徳の基礎も小さい時から育てます。そうすれば子供が成長した後、何をする場合も、とてもしっかりしていて、とても正確で、間違いを起こしません。ですからみなさんは自分が修行するだけではなく、同時に子供の面倒を見てしっかり教育し、彼らに修行の良い点を教えなければなりません。これは親の責任だけではなく、国民一人ひとりの責任、さらに世界中の一人ひとりの責任です。21世紀が輝かしい時代となるよう望みをかけてどの家庭でも修行すれば、人はみな聖人になります。これを成功させるのはみなさんの努力次第です。(拍手)
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