問答精選

教育文化を高める
スプリームマスター チンハイ フォルモサ・台北 1988.11.17(中国語)

Q:マスターにお伺いします。私は高校生です。マスターの本を読んで、学校での勉強は私たちを生死から解脱させる事ができないと感じました。そうすると、読み書きの価値を否定すべきなのでしょうか?

A:いえいえ! もし私が勉強していなかったら、今日の講義をすらすらとは話せなかったかもしれません! 勉強は役に立つ事です。ただ、私たちの学校のシステムには精神面の科目が不足しているという事なのです。あまり役に立たない事をたくさん教えていて、子供の道徳面に配慮した事を教えていません。多くの国家の教育は学歴を重視するだけで、子供は卒業証書をもらうために学校へ行っています。ですから勉強のプレッシャーが非常に大きくて、時には勉強のために一晩中寝られない事さえあります。彼らは一日中学校にいて、両親と一緒にいる時間はほんのわずかです。卒業後、学校で学んだ事の大半は使いません。ですから子供はかわいそうです。しかし、私たちの世界はこんなものです。私がそれを大きく変えるわけにはいかないのです。
 インドでは比較的良い教育のシステムがあって、割合に自然で自由です。子供をどのように教育するかを学校が決められるのです。例えばインドの観音法門宗派では、自分の子供を彼らが自分で教育し、子供に役立つ科目を選択します。例えば、数学、科学、音楽、道徳、古代の経典、精神教育、親孝行などで、これらの役に立つ科目を教える他、メディテーションや菜食を教えます。ですからその子供たちはとても行儀がよくて賢いのです。大きくなったらきっと国家にとって役に立ち、社会にあっても道徳的な人になります。残念ながら多くの国家はこういった模範を見習っていませんし、インドでさえ、このような学校がどこにでもあるわけではありません。