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Q なぜ、戦争や災害などといった不幸な出来事が起こるのでしょうか。 マスター そういうものはすべて、私たち自身が引き起こしているのです。残念ながら、私たちは身の上に起こるすべてのことに責任があると言わざるを得ません。なぜなら、私たちもまた神の一部なので、創造のパワーがあるからです。何であれ、私たちが愛の心と思いやりを持って正しく考えれば、より良い雰囲気を創り出し、より良い環境が得られます。ちょうど、みなさんが他人を愛したり、恋をしたりするようなものです。それはいい気分ではありませんか。たとえ、愛とは何か証明したり、触ったりできなくても、それが愛であることがわかるので、とても心地よいと感じるのです。 私たちの周りの人々もみな、この幸せに影響されます。私たちが人を愛している時は、誰でも愛せ、その上、誰にでもキスできます。それは私たちの愛のパワーによるものです。反対に、私たちが誰かを憎めば、憎しみを創り出すので、嫉妬したり、良くない考え方をしたりします。品性のレベルが低ければ、とても否定的な雰囲気を創り出してしまいます。この雰囲気は次々に自分自身や周囲の人に影響していきます。そういう否定的で憎しみに満ちた雰囲気があまりに多く創り出されると、それは「類は友を呼ぶ」の原理で引き付け合うのです。そして、巨大で強力になります。その雰囲気は天候にさえ影響を及ぼし、人の心にも影響し、やがて、災害や戦争を引き起こすのです。 時々、みなさんが険悪な気分で、人にとげとげしい態度で接すると、今度はその人も興奮してみなさんに対して怒りを感じるということに気付きませんか。 そして、最後にはお互いにけんかになってしまうこともあります。それは、この非常に厄介な、圧迫感のある憎しみや怒りの雰囲気のせいなのです。ですから、これが大気中にたくさんたまった時、現実の災害、悪天候、戦争、伝染病のようなものに具現化してしまうのです。もちろん、この否定的な雰囲気は、この類の性質のものがすでに密集している所へ引き寄せられます。散在しているすべての否定的なエネルギーが、それが最も密集して塊になっている所へ集まります。そうして、まさにその場所で悪い事が起こるのです。 ですから、私たちは生活の中で、必ずもっともっと愛を与え、行動する前に考え、否定的なことを考える前にやめるようにしなければなりません。このようにして、私たちも世界平和に貢献できるのです。けれども、前にも言ったように、無明こそが、私たちに起こるすべての不幸な出来事の唯一の原因です。無明であること、神を認識していないこと、それこそがこの世界での、そしてまた他のどんな世界においても、唯一の罪です。というのは、私たちが悟りを開き、神を理解したなら、みなとても幸せで至福に満たされ、決してどんな悪いこともせず、めったに間違いを犯さなくなるからです。私たちは悟りを開いて賢くなり、何が正しく、何が間違っているかを知るのです。 ですから、誰かが私たちに与えられる最高のものは、悟りを開くことなのです。これが、私がみなさんに提供できる最高のものです。金よりも、ダイヤモンドよりも、いわゆるこの世の最高の物よりもさらに素晴らしいものなのです。なぜなら、たとえ私がみなさんにお金や家を与えたとしても、それもまた消えてしまうからです。戦争や火災や不慮の出来事によって失ってしまうかもしれません。けれども、私がみなさんに悟りを与えたなら、みなさんは自分に必要なことが何でもでき、必要な物は何でも稼ぎ出し、永遠に自分を守って自分自身の面倒を見ることができます。たとえ家やお金をなくしたとしても、悟りや智慧は決して失うことがないからです。 みなさんはいつでも再出発できます。この世界でより良く生き抜いていく方法を、いつでも見つけられます。ですから、悟りは神が私たちに与えることのできる最高の贈り物なのです。 スプリームマスターチンハイ スコットランド・エジンバラ 1999.6.5(英語) Q あなたは、戦争はずっとあると思いますか。 マスター もし、この私たちの惑星で、人々の霊性の理解レベルがさらに高くなれば、これ以上戦争は起きないでしょう。戦争はただ憎しみや誤解や不満の雰囲気によって生じるのです。人々と彼らに内在する神との間に隔たりがあるからです。戦争は、家に帰ることを切望する苦悩の叫び声です。それは、自分の父親がどこにいるかわからずに、絶望した子どもの必死の慟哭なのです。ですから、もし私たちがその子を父親か母親に会わせれば、泣いたり、蹴ったりをやめるでしょう。 子どもには善悪の区別がつきません。空腹で、のどが渇き、寒くて、怯えている孤独な子どもは、ただ母親の胸が恋しいのです。それだけです。けれども、この惑星の人々が神を認識することからかけ離れている限り、まだ戦争は起きるでしょう。そういうわけで、私はいろいろな国へ出かけて行くのです。時には、招待されなくても、神が私にそこへ行くように命令すればどこへでも行きます。そうすれば、子どもは天の父を知ることができ、この絶望的な孤独の叫びもすべて止めることができるのです。 もっと文明の進んだ他の惑星では、人々はより聡明で智慧があり、霊性レベルはより進歩しています。彼らは決して戦争をしません。なぜなら、彼らは常に神が自分と共にあることを知っているからです。共に生きるのは神だけであり、神だけのために生きていることを知っているからです。私たちのこの惑星では、それほど多くの人が直接神を見ることができませんし、神に自分のすべての苦悩、挫折、恐怖、心配などを直接話すことはありません。外見は強そうに見えても、私たちはみな数々の問題、弱点、恐れ、欲望、絶望を抱えています。そして、どこにも拠り所がない時、人は暴力的になりがちです。このようにして戦争は起きるのです。 けれども、暴力的な人々もある意味では戦争の被害者です。戦争の実際の被害者と、戦争を引き起こした人々の双方が被害者なのです。ただその種類や、程度が違うだけのことです。その中で、戦争を引き起こす人々は最低で最悪の被害者です。なぜなら、彼らには善悪の区別さえつかないからです。彼らは否定的なパワーの恐ろしい幻想の奥深くにいるので、自分自身を救い出し、他の国へ逃げ込むことはできません。彼らは激しくもがき苦しみます。ですから、この惑星や他のあらゆる所で戦争を終わらせる唯一の方法は、悟りを開くことであり、神を知ることです。それはちょうど、子どもが母親に抱きしめられると、自然に泣きやむのと同じなのです。 |
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