師と弟子

温かく慈愛に満ちた聖母の心
フォルモサ・台南 熊
1989年、マスターから印心を受けた頃、私はまだ高校生でした。毎日喜びにあふれ、日曜日と休みの日には時間があれば苗栗の西湖道場に行って過ごし、そして夜、バスで帰宅しました。印心の日の事はまだよく覚えています。印心は宜蘭道場の山の上で行なわれ、終わった時にはもうだいぶ遅くなっていました。山道はとても遠いので、みな小さなトラックに我先にと乗り込んで山を下りました。私は心が喜びで満ちていたので、みんなと争うのはやめて姉と二人で歩いて山を下りました。しばらく歩いていると、突然白い車が私たちのそばに止まりました。車の窓が開き、なんとマスターが顔を外に出して微笑みながら私たちに言いました。「車がないの? このビスケットとキャンディー、あなたたちにあげるわ」。次の瞬間、私たちはビスケットとキャンディーをどっさり手にしていました。感動とうれしさでいっぱいで、ただマスターに向かって笑うことしかできませんでした。車の中で誰かが、後ですぐにスタッフの車がここを通りかかるはずだから、私たちを乗せて山を下りるだろうとマスターに言いました。そこでマスターは私たちに別れを告げ、そこを離れました。その後また歩いていると、まもなくスタッフの車が来て、私たちを乗せてくれました。
ある日のこと、西湖道場に着いたばかりの姉と私は、小公園のトイレのそばにいました。すると突然マスターが現れ、ずっと優しく私たちを見ていました。マスターの仕事の邪魔にならないようにと、私たちはマスターに挨拶をしてすぐに竹林に行きました。この時姉が私に、さっき車に乗った時とても気持ちが悪かったので、マスターはそれを知って私たちの所へ来て自分を加持してくださったのだ。今はもうだいぶ良くなった、と言いました。マスターは何でも知っていて思いやりがあることに私は本当に驚かされ、またうれしくもありました。
必死の跳躍
別のある時、マスターは小公園で講義をしていて、私の前方ではみんながその周りを取り囲んでいました。私は一人後ろの方にいてピョンピョン飛び上がって、マスターが見えるかどうか試してみました。でもやはり見えませんでした。前の人たちはみな背が高いのでどうしようかと考えていると、急にマスターが言いました。「あら、見えないのね。前の人はみんなしゃがんでください」。すると、みんなしゃがみました。マスターは私に向かって笑っていました。私はうれしくてたまりませんでした。
またある時は、正門の所でマスターを見送るために、みんなでマスターの車の窓際で別れの挨拶をしていた時、突然マスターはタイヤを指して「車輪に注意して。足をひかれないように注意して」と言いました。私たちはみなうなずいてマスターを見送りました。その後、一人の女性が門を閉めようとした時、突然門のキャスターが動いて危うく彼女の足を轢きそうになりました。けれどもついさっきマスターが足元に注意するように言っていたおかげで、彼女は足の指先がひかれただけですみました。この時私たちは、マスターがこんなにも私たちを愛してくださり、帰る前にも細かい所まで忘れず世話をしてくださっているのだと気がつきました。
1990年当時、道場は整備中で草花を植えていた頃でした。小公園の芝生の一部は修行仲間が新たに植えたものです。芝はレンガほどの大きさの正方形に切って、芝と芝の間隔は前後、左右ともに60センチぐらいにして何人かがそれを1つずつ土の上に置きました。そして私たちもそれに見習ってやりました。ところが、後でマスターはこう言いました。「みなさんが仕事をする時は、智慧を使い、愛でしなければなりません。いいかげんにしてはいけません。人に迷惑をかけるし、時間のむだ使いにもなるからです。例えばみなさんが植えた芝の間隔はまるで楊子江か黄河の長さほども離れています。そんな植え方で、いったいいつ新しい芝が出てくるのですか。
それに草の下の土がとても乾いています。草はどうやって水分を吸収するのでしょう。こんな草の植え方ではいけませんね」 その後、バスケットボールコートの周囲に韓国の芝を植えなければいけなくて、私たちはマスターから草の植え方の技術を学ぶチャンスに恵まれました。マスターは私たちに、芝は四角形のかたまりに切らなくてもいいと言いました。そのかわり、ふちが波形になるようていねいにわけて、下の土の部分はあらかじめ水をつけてどろどろにしておいて、それから芝をジグソーパズルのようにつなぎあわせて土の上に置きます。それぞれの間は少しあけておいて、新しい芽が出てきた時に盛り上がったりしないようにします。しかし、その間隔はあまり離れすぎてもいけません。つまり中庸を保つのです。その後で上に少し土をかぶせ、水をまいて湿気を保ちます。そして毎日水をまくのを忘れないようにしなければなりません。やがて、芝はすぐに成長して青々としました。ところが小公園の芝はこっちにひとかたまり、あっちにひとかたまりと枯れていて、結局やはりその芝を全部掘りだしてやり直しました。芝の植え方のような小さなことでも、マスターがいかに草木に対して繊細な愛の心を持って仕事をするのかを私は学びました。マスターがする芝の植え方は比較的手間がかかり、しかも両足を泥の中に突っ込まなければなりません。しかし芝は本当に湿った土が必要であり、そしてお互いにつながり合うことが成長をうながすのです。このことから、私は何をするにも智慧を使い、繊細な愛で仕事に励み、注意深く周囲の物事を観察すべきである事を学びました。
ある日、マスターはみんなと一緒に竹林へ行きました。私はマスターのすぐ後について歩いていました。突然マスターが立ち止まり、みんなにも止まるように言いました。アリが引越しのために道の真ん中を通っていたので、みんながそれを踏んでしまうのを心配したのです。そこで、全員マスターについて遠回りして行きました。マスターの偉大な点は、いつもこんなささいな所にまで注意を払い、いつでも絶えず周囲のあらゆるものに愛と配慮を与えることです。
その年は、暇さえあれば西湖道場に行って過ごし、時々道場の仕事をしました。ガラス張りの建物を建てた時、私は数人の女性と一緒にレンガと石を運びました。私たちのような普段ペンしか持たない人間にとって、レンガを運ぶのは本当に大変でした。でも私たちは一生懸命に運びました。まもなく、思いがけずマスターが大きなバスケットにビスケット、キャンディー、チョコレートと飲み物を持って現れて、私たちに休憩してビスケットを食べるようにと言いました。そしてマスターは私たちに向かって笑いながら言いました。「あなたたちのような高貴な女性はレンガをいくつか運んだだけでこんなにくたびれちゃうのね」。私たちはとても恥ずかしくて顔を見合わせて笑いましたが、マスターが私たち「青白いインテリ」を心配して、加持力を与え、励ますために来てくれたのだとよくわかっていました。その後、私たちは一層仕事に精を出しました。
「今、何時何分ですか?」
1991年のある日、私はメディテーションの場所を間違えてしまいました。なんと白花林という所に行ってしまったのです。間違いに気づいてそこを離れようとした時、マスターがここへ来て講義をするという知らせを聞きました。それで私は山の頂上に登り、いい場所を選んでメディテーションをしました。思いがけず他の人たちが続々とやって来て、それからマイク、音響器材、またマスターの座る椅子などがちょうど私の正面に置かれました。私は心の中で思いました。「わあ、今までマスターのこんな近くに座ったことはないわ。本当にすごい」。この時、みんながメディテーションを始めたので私も目を閉じました。しかし、同時に「そうだ。 今はもう12時だ。1時にメインホールに行ってガードの係をしなければならない。もしマスターが講義している最中だったら、どうやってマスターの前で立ち上がってぎっしり座り込んでいるみんなの間を通り抜けて山を下れるだろう。私は山のてっぺんにいるんだ。
みんなすき間もなく座っている。人に迷惑をかけないようにするにはどうすればいいかしら。マスター、一番良いのは、あなたが12時45分まで話して15分を私に与えてくれて、私が山を下ってメインホールに行けることです。でもあまり早く終わらせないでください。あなたのそばに長く座っていたいんです。だってこんなチャンスはめったにありませんから」という考えが浮かびました。
マスターがいつ到着したのかわかりませんでしたが、たぶんしばらく私たちと一緒に座ってくれたのでしょう。そしてマスターはみんながメディテーションから覚めるようにと、講義を始めました。マスターは本当にとてもとてもきれいでした。顔も体全体も光っていて、まるで透き通っているようです。そしてしばらく話すと、「私の話はここまでにしましょう。今何時何分ですか?」と聞きました。みんな時計を見て「今、12時45分です。」といっせいに答えました。するとマスターが言いました。「12時45分ですね。よろしい、みなさん解散してください」と。まさか!
私は本当に驚き、感動と恥ずかしさでいっぱいになりました。感動したのは、マスターがこんなにもみなに気を配り、弟子の身になって思いやる気持ちに深く打たれたのです。恥ずかしく思ったのは、私は自分がガードの係のことしか考えていなくて、マスターの内面を騒がせたことで、本当に申し訳ないと思いました。この時から私はマスターと私たちは一体であることがはっきりとわかりました。私たちが何か考えれば、マスターはそれを受け取るのです。ですから、私たちはいつも良い事を考え、高雅な事を考え、行動、言葉、考えすべてを純粋にしていなければならないのです。
1992年、來義道場でのことです。マスターはみんなに加持物を配っていました。一人ずつマスターの前に行くと、マスターはキャンディーを一つかみ手の中に入れていました。私の番になるとマスターはバスケットの中をさぐり、何かを探していました。そして5種類の小さなお菓子を私に渡し、しばらくの間私に向かって微笑みました。この時私の目は涙でいっぱいでした。思いもしないことでしたが、マスターは、私が柔らかいケーキが好きでキャンディーはあまり食べられないことを知っていたからです。幼い頃にキャンディーを食べすぎて歯が悪くなったのです。マスターの万物一体の愛は言葉なしでも通じ合うのです。この世で最高においしい、マスターが私のために特別に選んだ5つの小さなお菓子を眺めて、私はうれしさと感動の涙を流しながら、マスターの大きな愛を味わい、享受していました。
一番忘れられないことは、私が大きな困難と試練にぶつかって無力さと苦痛を感じ、マスターの写真の前に座って、その気持ちを泣きながら訴えた時のことです。メディテーションを終えた私は横になって寝ました。突然夢の中で、マスターがそばに来て優しく私を見つめ、私と肩を並べました。そして右手で私の腕をとり、頬を私の頬に寄せて一緒に前へ向かって歩いていました。その時、私は無上の幸せと喜びを感じました。それは温かな、いつも感じるものでした。本当に言葉では表しようがありません。その時私はマスターの服を見ました。それは純白の上質なもので、生地の表面にはとても美しいさっぱりした色の模様がありました。この服は本当にきれいだと思っていると、急に夢から覚めました。たった今まで本当のことだと思っていたのに、夢だとはとても思えませんでした。そして驚いたのは、枕元に置いてあったマスターの写真がちょうどあの夢の中の服とそっくりだったことです。純白で優雅なものでした。ただ、写真のマスターはコートを手に持っていたけれど、夢の中では着ていました。髪型は写真と同じで、髪をアップにした貴婦人のようなものでした。私があまりにも苦しんでいたので、化身のマスターが特別に私を慰めに来てくれたのでした。
マスターはかつてこう語っています。いつでもどんな時でもマスターは私たちと一緒にいて、私たちがうれしい時も悲しい時も一緒に肩を並べて歩き、私たちを見放したりせず永遠に世話をして、私たちが悟ったマスターになるまでそばで見守る、と。本当にその通りです。マスターについて修行し、歩んだ道を振り返って見れば多くの事が心に残っています。本当にこんな偉大なマスターについて修行できることは、限りない感謝の気持ちを持つと同時に、弟子としてさらに修行に励み、大智慧を得て悟りを開き、解脱してこそ計り知れない最高の恩に報いることができるのだと私は感じています。
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