マスターの言葉

至福の源と智慧の癒しの

パワーの中で休息する

スプリームマスター チンハイ

アメリカ・ハワイ 1993.3.27(英語)

 

大多数の人々は人生でいやな思いをした経験があり、満足していません。それは休息する時間をとっていないからです。私たちは睡眠が休息だと思っています。もちろん、それも休息ですが、それだけでは十分ではありません。私たちが眠っている間は、まるで死んだように意識がないからです。けれども、メディテーションをすれば意識ははっきりしていて、自分の偉大さに気づき、自分と宇宙の最高のパワーがつながっていることを知り、そして自分もその一部であるとわかるのです。私たちは全宇宙のパワーとつながっているのです。

ですからメディテーションによって、強く、忍耐強く、賢くなれるのです。そして、やがてたくさんの不思議な事もできるようになります。人々は私たちを見て「あぁ、あの人には超能力がある」と思いますが、そうではありません。それはただ、私たちが宇宙のパワーとつながっていて、そのパワーが働くからです。それはラジオやテレビの放送網のようなものです。私たちがそういう装置を持っていて、その局にダイヤルを合わせると、全テレビ放送網につながって、何千マイルも離れた所から送られて来る番組を見ることができます。それは、テレビの装置の中に番組があるのではなく、テレビの放送局から来るのです。

同様に、聖人の仲間や宇宙の輪に加われば、私たちもその中の一部分になります。宇宙全体とつながるので強くなり、もはや一人ではありません。もう自分だけの限りあるパワーを使う必要はありません。日常の仕事でさえ、この宇宙のパワーによって面倒をみてもらえ、助けられ、祝福されるのです。私たちがこのパワーを利用しないとすれば、人生でこれほどの損失はありません。それは決して許すことのできない人生最大のあやまちです。自分の最高のパワーを知らないということは、私たちにとってどんなに残酷で凶悪な敵よりも、これほどの敵はいないでしょう。この偉大なパワーは常に私たちの中にあって、目覚め、役立つことをずっと待っているのです。

聖人と私たちはどこが違うのでしょうか。それは、聖人はこのパワーをどう使うか知っているということです。イエス・キリストや釈迦牟尼仏が何千年もの間、礼拝され続けたのはなぜでしょうか。それは、彼らは自分の持っているものを知っていたということです。彼らはこの宝物、自分自身に内在するこのパワーを使ったのです。そのパワーを知ると、王はその国を捨てることもあります。仏陀もこのパワーのために自分の王位を捨てて、二度と戻ろうとしませんでした。イエスが死者をよみがえらせ、盲人の目を見えるように治したのもこのパワーによります。私たちにもできます。何の問題もありません。私にできるなら、みなさんにもできます。みなさんは私より大きいのですから、もっと大きい事ができます。(笑い)

部屋というものは、美しい壁やしっかりした屋根があるというだけで価値があるわけではありません。そこに空間があるからこそ価値があるのです。それで、私たちはこうして座ることができ、花や好きな物を飾ることができ、自分の楽しみのためにいろいろな物を選べるのです。同様に私たちは自分自身の部屋を空にする必要があります。つまり、私たちは自分の中にある偉大な大きな空間を知るべきなのです。そうすれば、私たちは自分の考えや希望を選択できます。毎日の忙しい生活の中で、しばらくの間座って休息することで自分の中に最高の宝を発見します。そうすれば、何でも実現するのです。その宝を持つと、この世の大富豪でさえみすぼらしい物乞いのように見えます。私たちは全宇宙を手に入れるわけですから、もうこれ以上何も望みません。それでも私たちは働いてお金を稼ぎますが、それは、ただこの世界の人とお金を分かち合うためだったり、この世にいる間、この世の市民としての務めを果たしたりするためです。私たちはその見返りも求めず、成功するか失敗するかにもこだわらずに働きます。どんな大仕事でもただベストを尽くそうとするだけです。

パラマハンサ・ヨガナンダという偉大なマスターがいました。彼は「私たちが眠っている時は、まるで神や天使のようだ。私たちが何もしない時は、本当に清らかで汚れがない」と言いました。それは、私たちが眠っている時、自分の内在の至高のパワーと接しているからです。その時、自分の中のスプリームマスターと一つになっているのですが、私たちは無意識にしているのです。それでも、目覚めた時は気分がよくなり、一日中働くことができます。数時間、たとえ5時間でも休息すれば、ずっと気分がよくなります。これは私たちがあらゆる至福の源泉と智慧の癒しのパワーの中で休んだからです。ですから、私たちは赤ちゃんのように汚れがなく、誰でも無邪気に眠るのです。人は眠る時、子どものようです。たとえ人を殺したばかりでも、あるいは、人生で最大の悲劇的なあやまちを犯してしまった後でも、眠っている時は赤ちゃんのようです。自分自身の愛と智慧の源へ帰っているからです。

もし、私たちが毎日この事を意識するなら、自分の中にある偉大なマスターパワーに、さらにどれほど気づくか想像できますか。私たちはそれほど努力せずに、人生でより多くの事を成し遂げられ、もちろん、より幸せになります。私たちが眠っている時はなんの望みも人を憎むこともありません。すべての願いを実現するパワーの源とつながっているからです。同様に、私たちが目覚めている時に意識的にこのパワーとつながれば、世の中で物事を行なう時に、もちろん、より意識するようになり、欲望はだんだん少なくなります。たとえ心の中にかすかな憎しみがあったとしても、それもだんだんなくなります。これは論理的なことです。何の不思議もありませんし、難しい事でも、議論するような事でもありません。

私たちが何かをする時は、当然その論理がわかっていなければなりません。盲目的に誰かについて行ったり、何かの方法や理論に盲従したりして、誰かをグルや他の何かとして崇めることはできません。私たち自らがスプリームマスターなのですから、誰かをグルとして崇拝する必要はないのです。私たちの内在にこのスプリームマスターが存在しているのです。私たちはそれを知るべきです。それこそ私たちがすべき事です。

私たちが、働いてばかりいて休まなければ、当然落ち着きがなくなります。仕事の効率も落ちます。つまらなくて偏った生活に飽きあきするからです。けれども、私たち修行仲間の多くがしているように、休息をとりながら働けば、当然、もっと楽しくなります。2、3時間のメディテーションは、何カ月もの休養に相当するからです。その時、私たちは神、あるいは本来の自分自身である無上のマスターのパワーとつながり、昼間失ったエネルギーを再び充電するのです。眠っている時よりも多く得ることさえできます。眠っている時、私たちは何も知りません。眠っている時はもちろん私たちはメディテーションをする必要はありません。すでに神か天使のようなのですから。問題は、私たちが目覚めた時にすべてがまた始まってしまうことです。すべての憎しみが私たちに戻って来ます。様々な人間関係から問題や苦痛が生じ始めるのです。そして、その時は眠っていないので、これら身の回りのできごとの結果や影響をすべて経験してしまうのです。

これに対する唯一の解決法は、眠っている時だけ無意識に知っていた、神の存在や神のパワーを自覚することです。ですからメディテーションをするのです。メディテーションが解答です。メディテーションは、目覚めている時の眠りであり、眠らない眠りです。それで、私たちは生と死の謎について、また日常の生活、家族との関係、経済的な問題などをどう処理するかについて必要な答えをすべて見出すのです。私たちはもう世界の終わりさえ恐れません。不景気も恐れません。失業も恐れません。その時、私たちは状況に従って、どのように動けばよいのかわかるからです。そこに立ってじだんだを踏んだり、自分の取り分でないものを待ったりしません。どんな状況であっても幸せです。毎日直面するあらゆる問題の解決法がわかります。多くの病気と悲しみも私たちの元から去ってしまうでしょう。そしてあらゆる世俗的な欲望も次第になくなっていくでしょう。

これがあらゆる問題の唯一の解決法です。問題は、失業やハワイにまだ建設されていない地下鉄にあるのではなく、問題は私たち自身の心の不満足にあるのです。というのは新しい状況に直面した時、私たちは次に何をしていいかわからないからです。その上、求めも、歓迎もしないのに、毎日新しい状況が生まれてきます。ですから、私たちはいつもこの問題にどのように万全の準備をし、処理するかを知るべきです。私たちはメディテーションを通してそれを知ることができます。毎日意識的に、また潜在意識下で、人生のあらゆる状況に対処する方法を知ることができます。これが幸福への鍵なのです。それで、私たちは幸せでしっかりと立っていられるのです。決して、煩わされたり、何かが必要だと思ったりすることはありません。聖書の中に「主は我が羊飼いです。私は何も望まない」とあります。それは私たちがひとたび神を知ると、あるいは、神を自分の羊飼いとして迎えると、私たちには何の欲望もない、という意味です。けれども、私たちは神を知りません。それで欲望があるのです。

私たちは、みなさんに神を知る一つの方法をお教えしたいのです。それだけです。ごく単純で純粋な動機です。私たちはその方法を自らのお金と時間を使い、自らの意志と愛でみなさんと世界のために提供します。私たちは世界の終わりを防ぎたいのです。国家間の、兄弟姉妹間の戦争と憎しみを防ぎたいのです。自分自身も含めて、みなさんがここにいる間は天国のような生活をしてほしいのです。これこそ、私たちをここへ来させた唯一の理由なのです。

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