マスターの言葉
最高の考えは神を思うことである
スプリームマスター チンハイ
フォルモサ・西湖 1991.9.25(英語) ビデオテープNo.152
ご存知のように、思考というのはとても重要で、とても強力です。それは確実に存在し、神の品性そのものです。それで、ある瞬間、少なくともメディテーションをしたり、神を思い出したりしている時、私たちの思考は神聖で純粋で何も求めないのです。ですから、私たちは悪いものは何も作り出しません。ただ神聖な振動力と強力な加持力があるだけです。
それで、こういった強力な加持力と思考のパワーが、私たちの周囲や環境の中に発生すると、レベルは上昇します。そうすると、同じように神聖で、高い理想を持って修行をしている人々もまた、同じ考え、同じ加持力、同じ振動力を生み出します。そして類は友を呼び、集まって来てお互いに引き付け合って、大変強いパワーを形成し、この世界の邪悪で否定的な影響力をすべて打ち負かすのです。
このようにして、日々この世界は浄化され、進歩していきます。それが慈善事業をしたり、外へ出かけて行って伝道活動をしたりせずに、私たちが世界を助ける方法です。もちろん、出かけて行って伝道活動をすれば、その瞬間はいくらか高い振動力を聴衆の心にもたらし、しばらくの間、たぶん永遠に、彼らのレベルは上昇するでしょう。その人たちが高い振動力を家に持ち帰り、保ち続ければ、この神聖な雰囲気の中で落ち着くようになるかもしれません。そして彼らも神聖になっていき、とても純粋で安定します。けれども、そうするには非常にパワーのある人が必要です。さもないと、私たちが人々に影響を与えられません。それどころか、逆に私たちが他人の影響を受けてしまいます。なぜなら、この世界の大多数の人々の考えの方がはるかに強大で、それにひきかえ、私たちの勢力はとても弱小だからです。もし、私たちがこういった人々すべての心をすっかり包み込むほど十分に強くなかったなら、彼らは私たちを飲み込んでしまい、私たちは危険な状態に陥ってしまうでしょう。
とはいうものの、私たちは必ずしも伝道活動をする必要はありません。自宅の片隅に座れば良いのです。寝室の、静かな隅の方に座り、良い考え、良い振動力、力強い加持力を広く世界や宇宙に送るのです。そういうことで、私たちはメディテーションをして自分の思考を純粋にしなければならないのです。
常に神を思い出し、神の聖名を忘れないように気をつければ、私たちは純粋さ、神聖さ、神の祝福からパワーを受け取ります。その瞬間、私たちと同じ意識、同じレベルの人なら誰でも私たちと一体となるでしょう。そして、私たちはさらにパワーを与えます。それは世界を純粋にし、さらに素晴らしく、より良い場所にするための肯定的なパワーです。私たちと同様の理想を持った人たちを助け、力強くし、そして私たちの考えや私たち自身とふれ合った人々を助け、より多くのパワーを持たせ、彼ら自身の霊性のレベルを高めさせるためです。これが世界を助ける最高の方法なのです。
もちろん、私たちはこの世界に住んでいるので世界を助ければ自分自身も助けることになります。周囲の雰囲気をきれいにすればするほど、私たちも心地よくなります。隣人のためだけではありません。ですから、他人を助けることは自分自身を助けることなのです。私たちは常に、本当に純粋な思考、無条件の愛や善意を、何の見返りも求めずにもたらすべきです。それが最高の方法です。たとえ私たちがまだ神聖なレベルや、菩薩や仏陀のレベルに達していなくても、少なくとも、自分自身を周囲の否定的な力に影響されることなく純粋に保つべきです。この世界では、多くの人々がこの良い修行をせず、神を本当に信じず、いつも悪い考えを出しているのです。こういった彼らの考え、行動力、言葉が世界の環境を汚すのです。
もし、私たちが神聖な保護力、自身の精神的な防御力、自身の純粋で良い意志によって守られていなければ、周囲を取り巻くこの大きな否定的なパワーに飲み込まれて溺れ死んでしまうでしょう。そういうわけで、私たちは印心の時に、マスターパワーが込められた神の聖名を常に繰り返し唱えなければならないのです。これが、いわゆる法脈、法統です。もし、この法脈といった霊的つながりがなければ、私たちが繰り返す聖名はまるで無意味な言葉になってしまうのです。それには何のパワーもありません。
本当にそうなのです。ちょうど物質世界の状態と同様で、お金を持っていない人は、他の人に与えることはできません。たとえ小切手にサインしたとしても、それは空手形です。役に立ちません。どこの銀行の預金口座からもお金は引き出せないのです。同様に、霊性のパワーがない人は、他の人に霊性のパワーを与えることも、彼らの霊性のパワーを呼び醒ますこともできません。霊性のパワーというのは、たとえ目に見えなくても確実に存在しています。それは、聖人やマスターが、人々が自ら持っている霊性のパワーを彼らの中に再び目覚めさせるために存在しなければならないパワーなのです。そうでなければ、ただ突然そこにじっとして自然に発火させることなどできません。火は木から発火するとしても何かが必要ですし、木を燃やすための別の薪や、それ自体で火が起き、大きく燃え上がるものが必要なのです。
同様に、マスターというのは自分自身の霊性のパワーを数千、数百万、全世界、全宇宙に影響を与えられるほどに発展させた人です。マスターが強力であればあるほど、影響力はより大きくなります。そしてこの事は、そのマスターと接触することで証明されます。私たちは霊性のレベルの高いマスターと共に座ると大変穏やかに感じますが、もし、他の人々と出かけ、その中の何人かが悪い考えを持っていたり大変凶暴なら、非常に不安で恐ろしく感じます。これは内面に存在する目に見えない影響で、私たちはそれを言葉にはできなくても感じ取るのです。
というわけで、私たちはマスターの水準に達するよう努力するのです。それで、私たちはメディテーションをして自分の思考を純粋にしようとします。最も良いのは何も考えないことです。ですから、みなさんは神の聖名を繰り返せばそれで十分なのです。それが最高の考えです。非常に中庸で、非常に神聖で、非常に強力です。その瞬間、日常的な考えや世俗的な考えは必要ありません。なぜなら、いかに私たちが良い事を考えたとしても、時にその考えは国の風俗、社会の習慣や大勢に左右されているからです。
ですから、最高の考えはただ神を思い起こすことなのです。神は全能で強力だからです。神はあらゆる事を行えます。神を思うその瞬間、それは自分の意志を神の意志に完全に従わせることです。神に宇宙を管理させるのです。そうすれば私たちは肩の荷を降ろしたように感じるでしょう。