神のパワーを証明する
文/観音使者
2000年4月、マスターはオセアニア・アジア講演ツアーで、この南アジアにある古代文明の息づく国、スリランカを訪れました。講演会が終わった後で、マスターはスタッフに「よくやりました」と褒めてくれました。それを聞いた瞬間、私たちは「よくやった」という言葉の意味がわかりました。つまり、わずかな我執も持たずに神の導きに従って仕事をしたという事です。講演会の準備期間中、マスターの大きなパワーが、いかにしてさまざまな人や物事を通して、神の計画を遂行したかが、私たちに証明されました。
講演前の準備作業に関しては、重要な仕事が3つありました。第一は、講演会開催にふさわしい会場を探すことでした。地元にはボランティアで手伝ってくれる修行仲間がいなかったので、私たちは初めてスリランカの首都であるコロンボ市に着いた時、どこが最も講演にふさわしい会場なのかさえわからず、ただメディテーションをして啓示を得るしかありませんでした。メディテーション中に会場の広さと場所は 閃きましたが、情報の収集には苦労しました。最初に選んだ会場は広さがかなりいい感じでしたが、場所がよくありませんでした。その後、スリランカで内戦が発生し、私たちはマスターの安全を考慮しながら、ついにメディテーションの中で示された会場を見つけました。この会場は場所も適当で、約800人を収容できる所でした。
800人という数は想像し難いものです。なぜなら、もともと地元の人々は素朴で人情も厚く、普通なら3、4千人が講演を聞きに来ても決しておかしくはないのですが、内戦が発生した後は国民に不安をもたらす事件が次々と起きたため、夜になると人々はみな急いで家に帰り、公共の場所に行く事を避けていたからです。地元の人の予想によると、来場者が100人か200人もいればいい方だということでした。講演当日の夜、来場者の数はちょうど800人でした。これはマスターの、人知のおよばない巧妙な計画を改めて証明したものでした。
これらの来場者は他の人々よりも勇気と智慧がありました。というのは、彼らは外出禁止の時間帯の夜に出かけたため、講演会場を出るなり一斉検査と尋問を受けたのです。また今回の講演は、地元の尼僧にとっても非常に得がたい機会でした。来場者の中には初めてマスターに会って大変感動した人が多数おり、数十年にわたり修行を続けている一人の年老いた歯科医師は、思わず涙を流していました。この日、来場者の三分の一以上がすぐに方便法か印心を申し込みました。もちろんそこにはこの歯科医師も含まれていました。その後、彼は自発的に自分の家をグループメディテーションの場所として提供しました。
第二は、講演に関する必要な印刷物を用意することでした。質問用紙から、修行日記、ポスターの翻訳と印刷に至るまで、熱心で効率よいワーキングスタッフと印刷所の協力が必要でした。しかしこれらの仕事は、マスターがすでにすべてをすっかり手配されていたのです。ある時など、朝印刷所に印刷を依頼したところ、午後には納品してくれました。これは、国民がのんびりと暮らすこの国ではありえないことなのです。
第三は、マスターの講演を宣伝することでした。地元の二大新聞社のうちの一方の編集長が、慣例に反し、特別に無料で今回の講演会の内容とマスターの紹介を3日間、全面に載せてくれました。さらに、講演当日には講演会のことを第一面に載せてくれました。あるテレビ局の記者が私たちに、「知名度をあげるために来たのですか」と聞きました。「決して有名になるためではなく、このすばらしいメッセージをここの人々に伝えるためです」と私たちが丁重に説明すると、それを聞いた彼らは深く感動し、特別に無料で二つの放送時間帯を提供してくれて、マスターを紹介しました。これら新聞社の編集者や放送記者は私たちの知人でも修行仲間でもありませんが、心の内で深く感動したので、ごく自然に誠心誠意で今回の講演会を支持してくれたのです。このことは私たちにとって、マスターの加護は至る所に行き渡るという実際の証となったのです。
講演会は終っても、任務はまだ半分しか完了していません。というのは、この後新しい修行仲間の面倒を見ることはさらに重要だからです。私たちはふさわしい連絡担当者が現れるように祈る以外ありませんでしたが、思いがけずこの連絡担当者は非常に自然に現れました。彼女は私たちの通訳をしてくれた人でした。初めて会った時、彼女は「数十年間にわたりスピリチュアルな生活を探求していて、その仕事に命を捧げたいと思っている」と言いました。マスターの講演ビデオを見た後、彼女は夫に「私、菜食をしてもいいかしら?」と聞きました。夫はすぐに「いいよ。じゃあ、今日から始めろよ」と答え、その日から彼女は菜食を始めました。講演の日の夜、彼女の誠心誠意の気持ちと献身に対して、マスターは講演中に自分の指輪を外して彼女に贈りました。それを見て、私たちはほっと胸をなで下ろしました。なぜなら、新しい修行仲間の面倒を見る人が見つかったからです。その後、実際に彼女はマスターの良い道具となったことを証明しました。
今回の講演会に関するすべてを思い返すと、本当に辛い仕事は何もありませんでした。ただ多くの手配が次々に私たちの前に現れたのを目撃していただけです。一切がいつもちょうどよいタイミングで起きて、適切な人は適切な時に現れました。内戦の勃発後、私たちはマスターの安全を考えて講演を取り消すよう提言しましたが、マスターは「人々は十数年にわたって、まったく恐れることなく戦ってきたのです。私たちが何を恐れるのですか」と答えました。私たちは改めてマスターの智慧と勇気に心から敬服し、さらに火中に身を投じて苦難から人々を救おうというマスターの決心と愛を理解しました。?
道の途中で
リトリートによる収穫と成長
中国 小迪
2000年5月の韓国の禅六は、私にとって初めての国際禅でした。国際禅に参加することを決めてから毎日新しい出来事があり、私の気持ちもそれに従って揺れ動きました。というのは、毎回それぞれの出来事に立ち向かうために、その解決方法を探さなければならなかったからです。今になって振り返ってみると、実はマスターは、あらかじめすべてを手配していたのです。最終的には私はリトリートに参加することができましたが、そこに至るには大変苦労しました。これは、カルマが急速に転化し始めたからです。自分をより浄化できてこそマスターに会う資格ができるわけですが、その時は本当に毎日自分が進歩していることを感じました。
私たちは韓国に到着して出迎えに来た修行仲間に会って、やっと安心できました。もう何も私たちを遮るものはないだろうと、みんなの厳しい顔に喜びの笑みが浮かんできました。しかし、テストがそれからであるとは思いもよりませんでした。
道場に着いた1日目に、私の良くない習慣が出ました。スタッフに物が足りないなどと文句を言ったのです。どこへ取りに行けばいい、と相手に言われて恥ずかしくなりました。ちょうど長い竹竿と一緒に置かれて、やっと自分の短さに気づいたようなものでした。スタッフたちはみなのために大変な努力をし、一晩中不眠不休で仲間を迎え、みんなの衣、食、住や交通手段など各方面で必要なものを準備していました。私は少しも手伝わないのに、横から文句を言ったのです。 私は自分にとても腹を立てていました。自分の良くない習慣をすぐに変えられなかったために、私はこの一体となって生気に満ちた大家族に溶け込めず、憂鬱な気分で、あまり楽しくありませんでした。
その後、ついに自分の目でマスターを見ることができました。長い間の願いがやっと実現できたのです。しかしマスターの目線が私を飛ばして過ぎてしまったので、すっかり落ち込んでしまいました。きっと自分に問題があるのだと思い、マスターの愛がとても遠く感じられました。しかし、マスターは私たちと会った時に言いました。「頭脳にだまされないで、自分には何の問題もないことを信じましょう」。私はマスターをずっと見て、涙が止まりませんでした。涙をふいた時、周囲のみんなも黙って涙をふいているのに気づきました。マスターが優しく私たちに冗談を言って笑わせているうちに、私は、だんだんマスターが近くにいると感じられるようになりました。
リトリートの日程は進み、ある日の午前のメディテーションの時、外からとても大きな雷鳴が聞こえてきて、ひとしきり大雨が降りました。そしてちょうどその時、突然私の心が開きました。私は、マスターのあらゆる点で行き届いた、すべてを包み込む愛のパワーを感じました。マスターがずっと私を愛していて、私が自らの囲いの中から出てくるのをずっと待っていることが急にわかったのです。その時は本当に楽しくて心が満たされました。メディテーションを終えて外に出た時は、すべてが美しく感じられ、思わずみんなにほほえみを送ってしまいました。
その後マスターの加持物を受け取ると、その中には本当に不思議なパワーがあって、私たちの笑いの細胞を活性化したらしく、帰る途中はみんなの笑い声に満ち、ガイドの人も不思議がっていました。なぜ来る時はみんな緊張して無表情だったのに、帰る時は全く違ってしまったのかと思ったのです。 私たちのグループの仕事を始めてから、ガイドさん自身にも多くの体験があったそうです。ある修行仲間がガイドさんに言いました。マスターのパワーは本当に不思議で、どんなものでも触れれば変わってしまうのです、と。けれども最も大きく変わったのは私たち自身であると私は思います。
韓国の禅六からすでに1年半がたち、今思い返すと当時はまるで天国にいるようでした。私がますます感じたのは、その時マスターはすでに私の必要なすべてをくださったということです。リトリートから帰った後、私は毎日ゆっくりとマスターの加持力を理解し、時間がたつにつれ、マスターが私に何をくださったのかがやっとだんだんわかってきました。そしてマスターの無我の献身と愛と無条件の奉仕精神も学び始めました。本当に学ぶべきことがたくさんあります! マスター、ありがとうございます! 私は必ず頑張ります。