甘露法語
私たち修行者はどんなことにも慣れるように自己を訓練しなければなりません。機会があれば自己を訓練すべきで、いざという時に迷ってどうすべきかわからないということではいけません。自己をしっかり訓練していれば、万が一状況が悪くなっても受け入れることができます。ですから、毎回どこへ行ってもすぐに楽なことをしてはいけません。たとえ私たちの修行の時間を取られてもかまいません。どんな時間でもメディテーションができれば、それは最も貴重で利益があります。私たちは、食べたり、飲んだり、遊んだりすることのために修行の時間を犠牲にしてはいけません。逆にそのような時間を犠牲にして、修行の時間を探さなければいけません。
私たちは、この肉体を持っている時だけ三界を超えることができ、八万四千種類の衆生の輪廻の輪から永遠に脱け出すことができます。この行ったり来たりする輪廻の輪の中では、八万四千種類の衆生がいますが、何千万劫(一劫は数億年に相当する)にたった一度しか人に生まれ変わることはできません。しかし、時にはそれも必ずというわけではありません。ですから、このようなことを理解して、朝から晩まで寝たり、食べたり、飲んだり、遊んだりしてはいけません。また物質的なことやゴミのようなことを考えてはいけません。
スプリームマスター チンハイ フォルモサ・宜蘭
1988.8.16 (中国語)(MP3-2)
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