マスターの言葉
自己を受け入れる ―
神の恩恵を認識しなさい
スプリームマスター チンハイ
タイ・バンコク4日間リトリート
1997.10.23 ビデオテープ No.598
なぜ、みなさんは自分にそんなに厳しくする必要があるのですか。他のすべての人が、あるいは、私がみなさんよりも良いなんて、どうしてわかるのですか。実際、私がみなさんより良いということはありません。ただ、私は自分自身を受け入れているだけです。自分は良いと感じているだけです。というのは、神が私のことを良いと思わなければ、私をこのように創らなかったでしょう。神のすることは何でも、私は受け入れます。私が何であろうと構いません。ですから、みなさんもそのような態度で自分に対しても、他人に対しても見るべきです。もちろん、私たちは自分の中に嫌いな所があります。けれども、私たちには自分自身を批判する権利があるのでしょうか。神は「批判してはならない」と言いましたが、それは、他人を批判するなということと同時に、自分自身も批判するなということも含んでいるのです。
最善を尽くしなさい。あなたが良くなることなら何でもしなさい。何であれ、変えることであなたが良くなるなら、変えればよいのです。けれども、変えて良くならないなら、誰が何と言おうと変えないことです。そして、変えた方がいいと知りつつも変えられないことは、変えなくても良いのです。自分を許し、楽しみなさい。何であれ、みなさんが持っているものを楽しみなさい。自分自身について嫌だと思う否定的なことは、できる限り無視するようにするのです。
神は私たちが多彩な生活を送れるように、さまざまな肌の色や個性を持つように創ったのですから、とにかく自分自身を受け入れなさい。自分の不完全なところを受け入れなさい。無理やり自分を完全にする必要はないのです。みなさんは私がハイヒールをはくのが好きではないことを知っていますが、まだはいています。私は気にしません。初めの頃は、私はこんな化粧やこういう服を着るのが好きではありませんでしたが、その後、こうするのも悪くないと思いました。問題ありません。気分が良い時も、良くない時もあります。このような服装をする時もありますが、一人でいる時はいろいろ着ます。みなさんと同じです。それも気分の良いことです。今日、実はこれを着たくはありませんでしたが、構いません。それは、何か目的があるのでしょうから、それでいいのです。問題ありません。
私たちは自分に対してあまり厳しくすべきではありません。それは、神に対して厳しくすることになるからです。このように自分を創ったと、神を非難するのです。私たちは悪い習慣を身につけてしまう境遇においたと、神を非難します。その悪い習慣を変えるように助けてくれないと、神を非難します。また、自分たちの不完全さは神が創ったと非難します。ですから、そういうことであまり思い悩まないことです。神がみなさんに満足しているなら、みなさんも自分自身に満足すべきです。実際、私たちは大丈夫なのです。
みなさんがここへ来たのは、自分自身を良いと思えないからです。そして、私が今までずっと長い時間をかけて、あらゆる方法でみなさんに伝えようとしていることはみな、みなさんは大丈夫だということです。そのままで良いのです。どんな講義でも、セミナーでも、リトリートでも、質疑応答でも、すべてはただ一点に戻ります。それは、みなさんは大丈夫だということです。みなさんがどんな人でも構いません。みなさんは唯一無二の特別な人です。みなさんのような人は誰もいません。ですから、みなさんは大丈夫なのです。みなさんがいなくなったら、世界は変わってきます。みなさんがいないと何かが失われるのです。誰もみなさんに代わることはできません。ですから、みなさんは間違いなく大丈夫なのです。
家のレンガには小さいもの、大きいもの、真ん中に穴のあるもの、シミのあるもの、どこか欠けているものなど、いろいろありますが、すべて一緒にその家を支えているのです。一つを取り除いたら、家はもう元のままではいられません。ですから、みなさんは大丈夫なのです。みなさんは今、自分自身を受け入れる訓練をしている最中で、最後には、自分自身が神であることを知るのです。あるいは、みなさんがすべての点で完全だということを、ゆっくりと認識するのです。一粒の砂がすべての面で完全であるように、みなさんはそれ以上に完全なのです。
ですから、みなさんが行うことを思い悩んではいけません。いずれにしても、みなさんはすでに何が良くて、何が悪いか知っているからです。そして最善を尽くそうと修行しているからです。誰もが知っています。全宇宙が知っています。そうでなければ、みなさんはここにはいないでしょう。みなさんは自分自身のいわゆる欠点について苦しむことはないのです。誰もがそのことを知っています。ですから大丈夫です。自分自身をただ受け入れなさい。とにかく、みなさんは完全だからです。誰がみなさんを批判できるでしょうか。「罪を犯していない者が、最初に石を投げる資格がある」なら、私にはその資格はありません。
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