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幸せな結婚生活を育みなさい

スプリームマスター チンハイ
カンボジア・プノンペン 1996.7.23 (英語) ビデオNo.563

一般に、人は隣の奥さんはいつも良く見えると言いますが、私はそうは思いません。ある統計では、90%の男性が、できることなら同じ女性と再婚したいと考えていると報告しています。ですから、他の女性と火遊びをしてはいけません。そのことを後悔して、90%の男性の一人になることです。古代から現在に至るまで、すべてのマスターが、一人の伴侶に対し忠実で貞節を守るように忠告してきたのはそういう理由からです。いずれにせよ、マスターたちはみなさんが後悔することがわかっているからです。

他人である一人の人間とうまくやっていくには長い時間がかかります。いずれにせよ、愛する人が男でも女でも、みなさんにとっては他人なのです。以前は全く知らなかったのです。たとえ同窓生か何かで、彼らをよく知っていたとしても、やはり内面のことは実際に生活を共にするまでわからないのです。

なぜなら、ボーイフレンドやガールフレンドや婚約者の時は、デートしている時は同じ楽しみを共有しても、同じ問題について悩むことはないからです。別れて家に帰り、それぞれ自分自身の問題について悩み、自身の責任の始末をするのです。一緒にいる時は楽しみだけを共有します。ですから、事情が違うので、二人の関係はよりバラ色になります。そして、たとえささいな口げんかをしても、お互いに距離があったり、要求があったり、いつも一緒にいるという習慣で再び元どおりになり、すぐ許してしまうでしょう。けれども、いったん共に生活するとなると、同じ責任や心配を共有することになり、事情は異なってきます。この愛ある婚姻関係が成熟し、お互いの習慣、内面にある最も奥深い一面を知るには、とても長い時間がかかるのです。

これは時間と共に表れます。みなさんは相手の「短所」「長所」、家に「遅く帰ること」「早く帰ること」などといったことには慣れますが、それには長い時間がかかります。そしていったん互いに良い関係を築き上げ、違いを認め合ってすべてが調和した時、その素晴らしい関係はあなたたち二人で創り出した結晶となります。それはみなさんが創り出したものなので、心地良く感じるのです。ちょうど、自分自身で建てた家のようなものです。たとえ隣の家ほどは良くなかったり、見かけが違っていたり、ある人はそれほど気に入らないかもしれませんが、それはみなさんの家です。自身の手で作り上げたので愛しく、自分の一部分のように感じます。そういう理由で、長年連れ添った妻や夫と離婚する時は、とてもみじめに感じるのでしょう。そして、もし他の人と新しくやり直すなら、少なくともあと10年はかかるのです。

ところで、私はこのセンターで、いまだに私のすべての「夫や妻たち」のことで一生懸命努力しています。私はまだ彼らのことがわかっていません。いつも驚かされています。彼らはいつも大きな驚きを与えるのです。私には彼らの何から何まですべてを知り尽くしているかどうか、決してわかりません。ある部分についてはわかりますが、すべてはわからないのです。つまり個性とかですが、それは内在の神の品性ということではありません。私には付き人がいますが、時には、たとえその人が最悪だからといって、取り替えたとしても、私はまたとてもつらく感じるのです。彼らをまた何から何まで教育しなければなりませんし、それはとてもとても疲れることです。どんなに前の付き人がひどかったとしても、その人にもいくつか良い点はあるのです。私は付き人の良いところも悪いところもすっかり慣れていました。悪いところはどう扱うか、良いところはどう受け入れるかわかっていました。それなのに、今、また新しい短所や悪い習慣がやって来るのです。私はまったく新しい付き人をまたしつけなければならないのです。それはわくわくすることですが、同時に、心身共に疲れることでもあるのです。

夫婦も同様です。彼らは初めて一緒になった時、婚姻関係を維持することを誓い、共に愛の巣を築くことを誠実に願います。互いのきずなや家庭を築くことに全身全霊を注ぎます。とても誠実です。その結果、今では彼らは互いの一部分となります。本当です。それで、私たちは配偶者を「パートナー」とか「伴侶」とか「良き伴侶」と呼ぶのです。ですから、離婚すると彼らは半分になったように、50%になってしまったように感じます。そして、多くは何かを失ったように感じるのです。別のパートナーと家庭を築いても同じにはなりません。他の関係を築いても、同じにはならないのです。

誰でもみな良いところと悪いところがあります。あなたが出会うどんな人でも、それぞれ何かしら欠けているところがあるでしょう。ですから、あなたは、次の人はもっと良いとか、別の人や、隣の奥さんはもっと良いといった空想をするのです。けれども、必ずしもそうではありません。調査でも明らかなように、ほとんどの男性は同じ女性と再婚したがっています。それは、ただ宗教や聖書や戒律といったものが、ずっと正しかったことを証明しているにすぎません。いずれにせよ、すべての人が神だからです。この女性の神であろうと、あの女性の神であろうと、やはり神なのです。ですから、私たちは一人の神に慣れた方が良いのです。人はそれぞれちょっと異なる性質を持っているために違って見えます。それで、最近みなさんの関係がうまくいかなくなったとしたら、あるいは、家族の中で何かうまくいかないことがあるなら、みなさんは相手と本当に別れたいと思っているか、自分が間違っていないか、そして、彼女が本当に出ていったら何が起こるか、もう一度考えなければなりません。それで確信が持てなければ、数日家を離れ、リトリートか何かそのようなものに出かけることです。

世間では、パートナーに似れば似るほど、良い関係であると言います。それは、お互いが好きになると、無意識のうちに相手の性質を吸収するので、似てくるという意味です。表情さえ変化します。それはちょうど、犬やネコとその動物にそっくりな飼い主の関係と同じです。飼い主は犬や猫をとても愛しているので、表情をまねるからです。例えば、ある人が自分の鼻を象のように長くなるように引っ張っているなら、彼らは象を愛しているのかもしれません。(笑い) ペットが大好きなので、まさにペットにそっくりな人々をたくさん見たことがあります。みなさんもご存じですね。見たことがあるでしょう。公園でペットを連れて散歩している人々を見ると、どっちがどっちを飼っているのかわかりません。彼らはとてもそっくりです。それは、犬と飼い主は両方とも仲良くやっているということです。

それは人間関係も同様です。みなさんが似て見えれば見えるほど、二人の関係が上手くいっているということです。第一、みなさんはお互いに好きになったので、より似て見えるのです。表情や考えが同じだと、みなさんの外見も変化するのです。そういう理由で、人々が観音法門を修行すると、より美しく見えるのです。それは普通のことです。みなさんは神になりたいと願い、そして神は美しいので、みなさんは神のような品性、天使のような品性へとより変わっていきます。人々がみなさんを見て、ただ美しいと感じるのはそういう理由なのです。たとえ足が悪くても、手足を失っていても、はげていても、猫背で歩いていたとしても美しく見えるのは、内在の品性が輝いているからです。神の品性が大いに輝くので、人々はただとても心地よくなるのです。みなさんは今や神のように見えるからです。神は神を愛するのです。類は友を呼ぶということです。

ですから、カップルがとてもそっくりに見えれば、彼らは毎日もっと愛し合うでしょう。正直なところ、私たちは自分自身を最も愛しています。そうではありませんか。私たちは何時間も鏡をのぞき込み、少ししかない髪をくしでとかしたり、ひげが何本か絡まっているのを直したり、そのようなことをしています。私たちは自分自身を愛しています。それは正しいことです。私たちが自分自身を嫌いになった時だけ問題が生じます。それは私たちの最も罪深い行いです。私たちは神なのです。自分自身を愛せなければ、他に私たちを愛せる人はいません。そして、自分自身を愛せなければ、神を愛していないことになるのです。自分自身を愛せなければ、他の誰も愛することはできません。誰かが「自分自身を愛する前に、まず他の人を愛しなさい」とか、「汝の隣人を愛せよ」とか言ったとしても、関係ありません。まず自分自身を愛しなさい。そうすれば、隣人も同様に愛せるでしょう。

自分自身を愛せなければ、他人を同じように愛することはできないのです。みなさんは愛とは何か知らないのです。ただ、自分自身を愛せるなら、自分自身の世話が良くできているということになるのです。そうすれば、他の人が何を好むのかということもわかります。つまり、あなたが自分自身を本当に愛して、面倒を見る時にどんな感じがするのか、何が快適かわかるからです。それで、どのようにしたら隣の人に同じように与えたらいいかがわかります。何がその人を快適にするかわかるからです。誰もが私のことが好きです。それは、私がどう自分の面倒を見るのかわかっているからです。何が私にとって良いかわかっています。ごらんの通り、私は自分自身を愛しています。それで、私が誰かの世話をすると、その人は深く感動するのです。あるいは、すっかり包み込まれたようになって、うっとりします。私は、自分は何が好きかはっきりわかっているので、彼女が好きなものを正確に理解するだけなのです。

みなさんは私が身に付けているものは何でも好きですね。そうでしょう。私は自分が何を着ると良く見えるかわかっているからです。私は自分自身を愛しています。自分自身を甘やかしているわけではありません。私は何を着ても良く見えます。その服が高いからでも、みなさんのものと違っているからでもありません。私はただ、何が自分に似合うのか知っているだけです。私は自分自身に似合うものを選ぶので、何を着てもほとんど良く見えます。それは高価な物を買っているからではありません。もちろん、高価なものも身に付けますが、高価な物が私を良く見せるということではないのです。どんな物でも私を良く見せます。私は自分の好きな色を買うので、何を着てもほとんど良く見えるのです。自分にはそれが似合うだろうと直感するので、似合うのです。私は自分をもっとステキに見せたいのです。同じお金を使うのに、なぜ自分が醜く見えるものを買う必要があるでしょうか。洗ったり、アイロンをかけたり、着るのに時間がかかったりといった同じ手間をかけるのに、なぜ自分を悪く見せるためにお金を使う必要があるのでしょうか。それが原則です。

ですから、私がどうやって自分を良く見せるか、どう自分の面倒を見るのかをわかっているなら、そして誰かの世話をする必要がある時、その人は気分良く感じるにちがいないのです。絶対に幸福に感じます。私はやりすぎることはありません。私がすることはみな正確で速いのです。それは素晴らしく、完璧で心地よく感じます。なぜなら、私は自分が人にどうしてほしいかわかっているからです。無意味なことや、多くの時間を費やすこと、やりすぎたり、人を息苦しくさせたりするようなことは好きではありません。ただ目標に向かってまっすぐ進むだけです。

ですから、みなさんが本当に自分自身の面倒を見て、自分自身を愛することができるなら、みなさんが面倒を見ることができない人はいません。たとえ面倒を見なくても、みなさんの周りにいる人で心地よく感じない人はいないでしょう。なぜなら、彼らにとってみなさんはただそうなりたいと願う存在だからです。とても気楽で、正しく、単純で、決して間違うことはないのです。

ですから、自分自身を愛しなさい。自分の面倒を見なさい。けれども、多くの時間を費やしてはいけません。誰かが私にこう言いました。「あなたはいつも幸せそうで、自分自身に満足しているように見えますね」と。私は「そうです。私はステキで、心地良く感じます。私は素晴らしいのです」と答えました。私はただ自信があるのです。私はこの世で最高の女性のようには見えないかもしれませんが、私はステキなのです。ですから、自分自身を心地よくしなさい。たとえ忙しくても、時には自分自身を十分満足さることです。時には自分自身のために時間をかけなさい。なぜなら、あなたはこの惑星で最も価値ある人間だからです。みなさん一人ひとりがそうです。みなさんは世話をするに値します。他の人も価値がありますが、それは彼らのものです。ですから、あなたは最も価値ある人です。あなたは神なのですから、自分自身の面倒を見なさい。素晴らしくありなさい。心地よく、高貴でありなさい。そうすれば、あなたの望むゴールに到達するのです。

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