マスターは私の望みをかなえてくれる
カナダ・オンタリオ シャタン島 Sunpea
これは、私が2001年フロリダセンターでのクリスマス禅四に参加した時の体験です。リトリート中のある日、気持ちがちょっと落ち着かない時に、「ああ、マスターのために何かしたいなあ。マスターの部屋の掃除が手伝えればいいのに。そうしたら、マスターは少しでも楽になるのに」という考えが浮んで来ました。それと同時に、少しさびしく感じていたので、さらに、「ラッキーをかわいがってあげられたらいいなあ。(ラッキーはマスターがかわいがっている子犬です)そうすれば、きっと気分も良くなるだろうに」と思いました。
もちろん、このような一時的な感情を落ち着かせる最良の方法は、メディテーションと五つの聖名を唱えることですが、私はこういった願いを持ち続けてしまいました。その晩、思いがけなく、マスターは修行仲間を自分の家に招待してくれました。当然、マスターの家に着いて私が最初にしたのは、ラッキーと遊ぶことでした。しばらくすると、ある修行仲間が吐き気をもよおしたので、私は彼についてバスルームに行きました。そして、彼がちょっとそこを汚してしまったので、私は掃除をしようと思いました。その時、私は二番目の希望もかなえられたことに気が付きました。
その日、悟りを望まなかったことが、本当に残念でたまりません。今後、もう一度「望み」がかなうなら、私は間違いなく、より高尚で私心のないことを考えるでしょう。そうすれば、自分の頭脳や感情のわなに陥ることはありません。マスター、この楽しい体験をくださったことに感謝します。
オーストリア Phenix
おそらく、過去のカルマの影響で、ずっと誰かに黒魔術をかけられてきたために、私はとてもつらくて困難な時期をくぐり抜けて来なければなりませんでした。私をそのネガティブな影響から守ってくれたのは、唯一マスターパワーだけだったので、私はマスターに祈り、五つの聖名を唱えました。今では、私はその体験が、実はそれ自体が形を変えた加護であると理解しています。私はその大きな「肯定的なパワーに相反するパワー」に直面して来た経験から、強い信心さえあれば、肯定的なパワーがどのように働き、それがいつも、どのように否定的なパワーに打ち勝つかということがわかったのです。
ある日、電車に乗っていると、ある強い不快なエネルギーが、黒い霧のように私の周りを取り囲んでいると感じました。思わず私は五つの聖名を唱え始めましたが、しばらくしても、エネルギーの一部はまだそこに残っていました。とうとう、私はマスターの名前を唱え始めました。すると、あっという間にとても明るい光線が走り、黒い霧を消し去ったのが見えました。車内全体が明るい光と愛のエネルギーで満たされたのです。
この体験で私がはっきりと理解したのは、たとえ他に何もしなくても、私たちが常に五つの聖名を唱え、マスターのことを想っていれば、それが肉眼で見えなくても、私たちの行く所どこでも光がもたらされるのです。誠実に、心からマスターに集中することで、私たちは本当に神の灯の掲げ手になるのです。
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