マスターの話す物語

日本の剣豪の物語

スプリームマスター チンハイ フォルモサ・台北 国際禅七
1994.5.21〜27(中国語)ビデオテープNo.429

昔、ある日本人が剣道を習おうと思いました。剣道とは、日本でよく知られた武術です。その人は一人の剣道の大家を訪ね、彼について習おうとしました。しかし、大家はこの人を弟子にするつもりはありませんでした。けれども、この人はずっと誠心誠意願って、「教えてくださらなくてもけっこうです。ただ私をあなたのそばに置いてくださるだけでいいのです。床やトイレの掃除、買い物、食事の支度、裁縫、靴洗いなどをお手伝いします。何でもやります。あなたをとても尊敬しているのです。ここに置いてください。いつか教えてもよいと思ったときには教えてくださって、そうでない時は教えなくてもかまいません。多くは望みません」と言いました。すると、大家はこの人を置いてくれました。

この人はしばらくここにいましたが、師匠は何も教えてくれません。毎日食事を作らせたり、トイレを掃除させたり、床掃除をさせたりして、退屈な、つまらないことばかりをさせていました。またしばらくたつと、たまに、真夜中この弟子が寝ている時や、昼食の支度の時、床掃除、トイレ洗いなどの最中に、師匠が剣を持って、いきなり後ろから大声を出しながら現れて、弟子と戦いました。ですから、弟子はいつも必ず警戒心を持たなければならず、料理をしている時も警戒を高めたままで、トイレ掃除の時でさえ、しょっちゅうあちこちを見張っていました。(笑い)

これは、みなさんが私を訓練しているのと同じ状況です。今は私も常に心構えをする必要があります。(笑い) トイレに行く時まで、周りにカメラやビデオが隠れされていないか、あるいは弟子の誰かがこっそりと見ていないかどうかを調べます。ああ、私は今、24時間いつも「禅」です。大変「惨」(め)です!(笑い。中国語では、「禅」と「惨」の発音が近い) 以前の私は、こんな状況は我慢できませんでしたが、今は少し慣れました。みなさんも同じかもしれません。時々私は事前に知らせずにみなさんを見に来ます。ですから、みなさんはいつもそれを期待しています。もしかすると、階段の辺りでマスターに会えるかもしれないし、食事の時に会えるかもしれません。こんなふうに、私たちはいつもお互いに恋しがっているのです。(笑い) 私にしてみれば、みなさんに覗き見られるのは怖いのですが、みなさんにとっては、私が突然姿を見せるのは楽しみなので、私たちはいつでもコミュニケーションをとれる状態にあるわけです。それも悪くないですね。(笑いと拍手)

さあ、また剣士の話に戻りましょう。その弟子は後に非常に有名な剣豪になりました。彼の師匠が特別な方法で訓練したからです。毎日朝7時から夜9時までという普通の訓練ではないし、そこで手を振るとか、足を動かすとか、素振りをするとかではないのです。その師匠は変わった方法で、木刀でいきなり弟子を攻撃します。弟子が料理をしている時、水浴びをしている時、それに真夜中に寝ている時も、そばで攻撃します。それで、その弟子は必ず常に警戒心を保つようになり、後にすばらしい剣豪になったのです。非常に、非常に有名な人です。

私たちの修行も同じです。常に心の準備が必要です。いつでも「ああ、今はもうとても幸せだ。どこにも行きたくない。他の事は何もしたくない」と言っているわけにはいきません。この世界は絶えず変化しているのですから、万一何かが起きた時には、心の準備があってこそすばやく対応できるのです。なぜ世界は常に変化して、変わらないものは一つもないのでしょうか。それは、私たちに備えの精神、常に用心していることを学ばせるためです。ですから、この世は良くも悪くもないのです。私たちがその状況をどう利用するかによるものなので、よい勉強になるのです。ですから、私たちは常に学ぶべきで、24時間が「禅」なのです。

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