話の宝箱
マスターと弟子たちとの初期の物語 その1
万物は一体
万物と一体になったマスターは、衆生の喜びや悲しみを我が身のように感じており、たとえどんな小さな生き物に対しても、彼らが傷つけられるのを見るに忍びないのです。次の話から私たちは、聖人としての優しく繊細な心と果てしない愛の心が、彼女の日常生活の一言一行から自然に現れているのを見ることができます。
薪をくべる
西湖センターの山林の中では、枯木や腐った木をあちこちで拾えるため、ここで私たちは、めったにガスを使って食事を用意したり、お湯を沸かしたりしません。初期の頃、西湖センターにいた時のことでした。ある時、長住の人が薪をくべていると、ちょうどマスターがやって来て、それを見てすぐに薪を取り出すよう注意し、「まあ、なぜそんなに不注意なのですか? 薪をくべる前に、まず生き物や小さな動物が薪の中に隠れているかどうか確認すべきだと前に言ったはずです。特にアリは竹や木の穴に隠れるのが好きなので、よく注意してください!」 と言いました。
衆生が焼かれて苦しんでいるのを、マスターはすぐに感じ取ったのでしょう。
第五の弟子
柿の園(かつてマスターが住んでいた所)が、赤みがかった橙色の柿でいっぱいになりました。マスターは柿狩りのために弟子たちを呼んで、同時にこう指示しました。「全部摘まないで、小鳥のためにも少し残してあげて下さい!」 と。小鳥はよくキッチンを訪れるので、マスターは毎日きれいな水と炊いた米を茶碗一杯ずつ小鳥のために用意するよう指示していました。
当時マスターが西湖センターにいた時、笑いながらこう言ったことがあります。「仏陀には四種類の弟子(男女の出家者と男女の在家信者)がいましたが、私には五種類の弟子がいます」と。マスターの五種類目の弟子とは、時々やって来る鳥や野良犬、そして隣から境界線を越えて草を食べに来る牛、羊と鶏を指していました。
人間だけがマスターに近寄りたいのではなく、動物さえもマスターを見ればすぐに大好きになります。マスターが講演ツアーで各国を訪れたり、短期間滞在していた時、時々「第五の弟子」たちがやって来てはマスターのそばに寄り、どうしても離れませんでした。
声を聞けば、直ちに救う
ある時、マスターはみんなを連れて山を歩きながら楽しく話していました。すると、ふとマスターが立ち止まって下を向いたので、みんなも立ち止まりました。マスターは竹杖で地面を軽く叩きながら、背後にいる私たちに、「気をつけて、蝶がいますよ」 と言いました。理由はわかりませんが、蝶は道の真ん中に止まって動こうとしません。万物と一体になったマスターに出会ったのは幸いでした。私たちのような「盲目の象」に踏まれてしまったとしたら、まだ命があったでしょうか。
またある時、マスターは山を歩いていた時に、突然ある長住の人の名前を呼びました。後に、私たちが彼女にこのことを尋ねると、事の次第を話してくれました。実は当時、彼女はちょうどテントの中で、ひどく苦しみながらマスターに祈っていたというのです。マスターが彼女の名前を呼ぶと、彼女はようやく危険な状態から脱け出すことができたのでした。
千里まで音が伝わる
ある時、マスターがキッチンで料理をしていて、私は外のキッチンから遠く離れた所で水道の蛇口をひねり、野菜に水やりをしていました。水がシューシューと音を立てて流れる一方で、私は小声ではやりの歌を口ずさんでいました。水の音は私の歌声をかき消していましたが、それでも遠くキッチンの方からマスターの声が聞こえてきました。「仏の名を唱えずに、何をごちゃごちゃ歌っているのですか!」私はすぐに歌うのをやめました。本当にすごいマスターです。あれだけ遠く離れているのに、聞こえたのです!
誰もが独自の振動と磁場を持っています。特に私たちがマスターから印心を受けた後は、どんな些細な考えでも、私たちから出た「脳波」 はマスターを妨げてしまいます。マスターはまるで大型アンテナのように、いつでも全方向から来る、振動する信号を拾います。従ってマスターのそばにいて、もし常に心を修行の道に置かなければ、容易にマスターへ影響してしまうのです。
+/**/*/4cかつてマスターはこのように述べています。「内面の音は、私たちを高い境界(きょうがい)へ連れて行きます。そして私たちは各方面へ順調に発展していきます。高い境界に行けば行くほど、私たちははっきりと見えてきます。最後には宇宙のいかなる所も見ることができます。その時になれば、私たちはすべての衆生とコミュニケーションをとることができます。なぜなら万物と一体化しているからです」。(1993年10月18日、マスターの中国語による日本での講演より抜粋、ビデオテープ No.382 )このことから、観音法門の修行を通じて、私たちは誰もが「万物と一体になる」という境界に達することができるとわかります。
マスターと弟子たちとの初期の物話 その2
瑠璃の夜
ある夜、マスターは西湖にあるガラス小屋の前で、みんなに「ナロパの修行物語」を朗読するつもりでした。机の上に置かれたハードカバーの分厚い大きな原書を見て、私たちはまた素晴らしい夜が来るだろうと思いました。通常マスターが物語を読む時は、めったに辞典を引きませんが、その晩マスターは特別にスタッフに辞典を用意させました。その本は密教の経典から翻訳されたもので、専門用語が多かったからで、マスターもとても慎重に勉強し、みんなに聞かせる前に自分で先に一通り読んでいました。
ナロパ(チベット密教の聖人であり、ミラレパ尊者はナロパから数えて三代目)は、真理を求めて修行していた時、さまざまな屈辱と厳しい試練を受けました。マスターは話が上手なので、この伝説がマスターを通して話されると、さらに生き生きとしたものになりました。山場がたびたびあって、私たちはまるで遥か昔のチベットの世界を巡っているようで、すっかり時間のことなど忘れてしまいました。
話が一段落すると、夜もふけてきました。その夜は夜露がかなり降りていました。マスターはみんなにお休みの挨拶を言って小屋に入り、ナロパの話を続けて読んでいました。小さなガラス小屋は、四方に大きなガラスが取り付けられたため、こう名づけられたのです。ガラス小屋の窓には露が降りていて、小さな水の流れを作っていました。卓上スタンドがマスターの痩せた影を照らしながら、かすかな黄色の光が外に漏れ、美しく夢のようなこの光景は、まるで瑠璃の世界のようでした。
マスターと弟子たちとの初期の物話 その3
常に働くマスター
マスターは夜に仕事をするのが好きです。夜になると昼間の騒がしい雰囲気もだんだん消えて静まり返っていきます。みんながぐっすり眠っている時、聖人はもう一つの仕事をしているのです。
かつてある女性の長住は、マスターに呼ばれてマスターの部屋で寝たことがあります。翌日、この人はオフィスに戻ってから何かを考えているようだったので、他の仲間たちは不思議に思いました。実は、前夜マスターから多くの仕事を言いつけられたので、ちょうどそれを思い出そうと努力していたのです。それではなぜ筆記用具と紙を持って行かなかったのかと尋ねると、彼女は、「寝るのに筆記用具と紙を持って行く必要があるとは思いも寄らなかったもの!」 と答えました。それで私たちは、寝る時間になってもマスターは寝ておらず、なお努力して働いていることがわかったのです。
1993年、マスターはフォルモサを離れて世界ツアーの講演を始める前に、台北市にある孫逸仙記念館で素晴らしい講演を行い、フォルモサの人々のマスターを慕う心と渇望を満たしました。講演の前夜、マスターは「老子と荘子」 に関する本を探していました。本は西湖の宝物亭に置かれていたので、伝言を取り次いだ人は、本が見つかり次第台北に送るよう言いました。翌日、マスターの講演テーマは「老子、荘子と天国の音楽」 でした。その後、マスターがインドネシアを訪れても、老子と荘子に関する話題が続きました。このように臨時に起きる情況は、マスターの周りではよくありました。
またある時、私は大変遅い時間までオフィスで仕事をしていました。眠くなったので寝室へ帰って寝ようとした時、電話が突然鳴りました。なんと、マスターはツォンカパ大師(1357-1419
チベット仏教ゲルク=黄帽=派の創始者、初代ダライラマはその弟子)に関する本を探したいので、どこで手に入れられるかと電話で尋ねてきたのでした。時計に目をやるとすでに真夜中でしたが、マスターがまだ本を読んでいるのだと知って、私の眠気もあっという間に吹き飛んでしまいました。
マスターと弟子たちとの初期の物話 その4
マスターのノート
かつて私は、マスターの本棚を片づける機会がありました。その時、ある一冊の小さなルーズリーフ式のノートに目が引かれ、何気なくそれをめくると、マスターのきれいな筆跡が目に入りました。わずか数行の文字でもパワーに満ちていました。私はあえて細かく見ずに、急いでノートを閉じました。とても簡素なノートでした。このタイプのノートは今ではめったに使われていませんが、マスターはそれを貴重なインスピレーションを記すノートにしていました。
マスターは本当にシンプルな人です。私たち弟子があまりにも複雑で不自然なので、マスターに仕える時、彼女にとって本当に必要な物に気づくことができません。マスターのある講演の期間中、マスターは時折ティッシュペーパーを取り出していました。私たちが携帯ノートをマスターに用意するのを忘れていたからです。彼女はそれを「錦嚢」(唐の李賀が道を行くにも下男に錦の袋を持たせ、詩ができるとそこへ入れたという故事から、詩の草稿を入れる袋を指す)と冗談交じりに言いました。夜になってマスターにインスピレーションが湧くと、仕方なくティッシュペーパーに記していました。いつでもインスピレーションをメモできるよう、マスターはよくベッドに小さな懐中電灯を置き、夜に字を書くための準備をしていました。
ある時、マスターが女性スタッフのオフィスを訪れ、私の机の上にあった黄色の糊つきメモ用紙を見ると、まるで子供が新しいおもちゃを見つけたように、嬉しそうにそれを持ち帰りました。後に海外に行っても常時それを持っていました。このような便利なメモ用紙は、私たちのオフィスでは大勢の人が早くから使っていたのですが、マスターに用意した人は誰もいなかったのです。マスターこそ最もこのメモ用紙を必要としている人だというのに!
私たちは、マスターの部屋にカレンダーを置くのを忘れたこともあります。そのため、マスターは時々電話でその日の日付を尋ねなければなりませんでした。マスターがセレスチャル・クローズ、セレスチャル・ジュエリー、長寿ランプをデザインしていた時も、使えるペンはいつも数色しかありませんでした。また、修正液が見つからない場合も、よく夜中に仕事をしていたマスターは、人に迷惑をかけたくなくて仕方なくそのまま仕事を続けていました。オフィスで仕事をしている私たちは、さまざまなタイプの彩色用具を常に使えるにもかかわらず、何を書いてもよく失敗します。それに引き替えマスターというこの真のデザイナーは、わずか数本のカラーペンで、鮮やかな宇宙の万物を描くことができるのです。
マスターと弟子たちとの初期の物話 その5
面白いマスター
西湖センターのある午後、降りそうで降らない雨、そしてどんよりした空気の中、女性スタッフのオフィスでみなが黙々と仕事をしていました。すると、マスターのキッチンから突如爆発音が起きたので(マスターのキッチンは、女性スタッフのオフィスから数十歩離れた所にある)、女性の長住たちは慌てふためき、「何、何」と驚いていたら、次の瞬間楽しそうな笑い声が聞こえてきました。それを聞いて、ようやくみんなほっとしました。なぜなら笑い声があればきっと無事だという証拠だからです。しかしいったい何が起きたのでしょうか? 実はマスターが人に爆竹を鳴らすよう指示して、それからこちらに人を寄こして、「爆竹の音に驚いた?」と聞かせたのです。いたずらなマスターがみんなを楽しませ、重苦しい空気も自然に消えてなくなりました。