問答精選
マスターと衆生との縁の結び方
スプリームマスター チンハイ アメリカ・フロリダ 2002.5.11(英語)
Q:マスター、私はただあなたにお礼を申し上げたいのです。私たちはこの世の牢獄から逃れられない人々や、自らの本性を垣間見ることもできない人々について話してきました。最近私の父が他界しました。私は今までに家族の一員を失ったことはなかったので、それはとてもつらいことでした。(M:わかります)
ありがとうございます。
父は常々、あなたのことを「アジアのお姫様」と呼んでいました。私の車の中であなたの写真を見たことがあったので、彼はそう名付けたのです。それで、彼はあなたが私のマスターであることを知りました。彼は修行の道にはつきませんでしたが、恩恵を受けることができました。ある時、父の家に行くと、私は父が死ぬことを感じとりました。彼は息を引き取る前、あたりを見回して言ったのです。「ああ、あれはアジアのお姫様だ」と。それで私はとてもうれしくなりました。少なくとも、彼は解脱できたからです。生きている間は、解脱を求めていることに気付かなかったのですが、その時、彼は自由になったのです。
M:ええ、マスターは彼の面倒を見ますよ。問題ありません。
Q:はい、それはマスターからの最高の贈り物の一つです。
M:彼は例外ではありません。私はみなさんにすでに話してあります。もし、生存中にマスターを知っていたら、そのほうがずっといいのですが、たとえマスターを知らなくても、マスターパワーが彼らの面倒を見ます。彼が知っていたなら、なおさらです。その上、彼は私のことが好きで、名前を付けてくれたのですから。(マスターとみな笑う) お姫様というのはなかなかの名前ですね。私は気に入りました。それが彼を救いましたよ。(笑い)
Q:お尋ねしたいことがあるのですが、どのように質問していいのかわかりません。私たちはみな、あなたとどのような縁があるのでしょうか。それは前世に結んだ縁でしょうか。というのは、私たちにはこのように強いつながりがあるからです。私たちは以前もあなたに従っていたのでしょうか。
M:そういう人もいますし、そうでない人もいますが、一人、二人と数えるには、あまりにも多すぎます。深い縁のある人もいますし、ない人もいます。間接的な縁のある人もいます。ちょうど、サンプル本を読んで、それをゴミ箱に投げ入れてしまい、「ちちんぷいぷい」とか言ってごまかすような人です。(笑い) たとえ良くない因縁であっても、それもまた一種の縁です。間接的な良い縁もあります。みなさんの友達がマスターに従っていて、みなさんは信じないけれども、そのマスターを侮辱したり、誹謗したりしない場合です。友達はみなさんのために祈り、こう言います。「ああマスター、彼女は無明なのです。どうか彼女を助けてあげてください」。けれども、みなさんはとても頑固で、時も至っていないので、その人生では修行しようとは思わないのです。けれども、次回みなさんが戻って来ると、マスターはみなさんの後をついて行きます。みなさんがマスターの後をついて行くのではありません。マスターは弟子との間に交わした約束を果たすため、みなさんの後をついて行かなければならないからです。(笑い) 例えば、みなさんがマスターを信じていなかったとしても、みなさんが本を読んだ時に、「彼女はかわいい」とか、何かそういうふうに思ったり、「彼女はどういう人なのだろう」と思ったり、マスターがそこにいた時、彼女に水か何かをあげたりするというように、前世で良い縁を結んでいれば、みなさんが再び生まれてきた時、マスターはみなさんをもっと助けることになります。それはたやすいことです。そして、その関係は良いものになるのです。というのは、みなさんはその人生の間は解脱を望んでいなかったかもしれないからです。みなさんの親戚縁者がみな解脱したいと望むわけではありません。もし、彼らが望めば、マスターはすぐさま彼らを連れ上げて行きます。何の問題もありません。私たちはみな神なのですから、みなさんは彼らの意志に逆らって、彼らを天国に連れ上げてほしいと神に強要することはできません。私たちはとても多く見えますが、合わせて一つの神なのです。今、私たちはただ離ればなれになっているにすぎません。ちょうど、たくさんの指がついているけれど、それは一つの手であるのと同じです。
ですから、弟子が望んだことは何であれ、神の意志なのです。彼らもまた神だからです。けれども、頭脳が私たちを阻むこともあります。それで、みなさんはマスターに学びたいと望むのですが、頭脳は、「いやその必要はない。肉を食べろ。酒を飲め。それはお前のために良いことだぞ。好きでもないボーイフレンドを持ってみろ」などと言うのです。けれども、みなさんがマスターに会った時、少なくとも何かをあげたり、尊敬の思いを込めて「こんにちは」と挨拶をしたりしたなら、みなさんが自分の世俗的なことにあまりにも忙しすぎて、たとえ現世で天国に帰りたいと思わなかったとしても、マスターはそのことを覚えています。それは、みなさんが来世のために良いカルマの種をまいたことになるのです。
それで、来世でみなさんが戻って来てマスターに会った時、みなさんは何か親しい感覚を覚えるのです。そして、彼女が言ったことは何であれ、みなさんは信じるのです。というのは、みなさんはすでに前世の印象があるからです。それは良い因縁なのです。あるいは、もしかしたらみなさんの親戚、友達がマスターを信じていたのかもしれません。みなさんの魂がまだ行くことを望んでいなかったために、みなさんはそう望まなかったのかもしれませんが、次の回には準備ができています。それでマスターがやって来た時、みなさんはすぐにマスターを信じるのです。みなさんはすでに良いカルマ、良い縁を結んだからです。
けれども、悪いカルマは非常に困難です。時には、マスターは現世でその人を救うために苦しまなければならないことがあります。たとえそれが悪い因縁であっても、それもまた縁には違いありません。どんな縁であっても、それが良い方法で解決されるまで、その縁はずっと続いていくのです。