修行と生活 青少年の修行生活
思春期の子供を持つ親たちへの手紙
フォルモサ・台北 嚕嚕米
私はまだ社会でいう「フレッシュマン」であり、十代を卒業したばかりの青年です。その成長過程で、私は個人的な経験や考えを持ちました。それを、今の若者の考えや振る舞いをより理解していただけるよう、親である修行仲間たちに提供したいと思います。以下にいくつかのテーマに分けて、みなさんにご紹介します。
★感情
感情には友情、愛情、親との愛情が含まれ、その中で青少年が最も重視するのは友情です。なぜなら、独立した思考や自身の判断を学び始めたばかりの背伸びをした子供たちにとって、仲間からの反応や同意は、認められ、励まされるための最大の原動力となるからです。同時に、彼らは様々な方法を通して自分の成長を証明しようとします。例えば、夜遅くに帰宅する自由を望み、自らの生活を管理するより多くの権利を持ちたがります。義理堅いのは、友達を失望させないため、など・・・。従って、両親の親心は彼らにとって一種の束縛になりかねません。かつて私が母に対して、いろいろなことに干渉しすぎる、と感じたのと同じで、今ではそれは母の愛情だと理解できますが、当時は母からの注意を、いつも右の耳から左へと聞き流していたものでした。
ですからこの段階では、親として「避難所」の役を演じることをお薦めします。子供が外で「ケガ」をして帰ってきた時、どうか責めないで、ただ彼を「癒す」手助けをしてください。傷が治った後でも子供は再び外に行きますが、親としては遠くから見守って支えてやればいいと思います。なぜならば、これは大部分の子供が経験すべき学習の過程ですから。かつて私が外で友達と不愉快なことがあって遅く帰宅した時、母は叱らなかった上に、ご飯は食べたの? と気遣いながら、急いで食事の支度をしてくれました。私はその時目に涙をいっぱいためながら食事をして、それ以降はもう反抗するのをやめようと心に決めました。
愛情については、青少年に対して異性との交際を強制的に禁止するよりも、いかにして異性を尊重し、付き合っていくかを教えるべきだと考えます。彼らに健康的で正しい概念を植え付け、なぜ異性と交際するのか、また交際を通じて何が得られるかを理解させます。そうすることが、彼らの人格を育てる直接の助けとなります。この年齢では、まだ愛の真の意味を深く理解できなくても、もし彼らが異性との付き合い方をうまく培っていくことができれば、無感情な「でくのぼう」になるよりもはるかに良いと思います。
★学業
ほとんどの親にとって、子供の学業は最も気がかりなことでしょう。この学歴重視の社会において、求職活動に高学歴は大いに役に立つものですから。私はすでに大学を卒業していますが、実は、勉強にはずっと興味が持てませんでした。縁があったおかげか、中学を卒業した後、順調に高校、大学へと進学することができました。特に高校の時には、大学受験を控えた段階で大学入試の満点は600点でしたが、学校で最初に行われた模擬テストでわずか180点しか取れず、2回目が190点、しかし、3回目には280点を取り、最後は300点で大学に合格しました。またこの点数によって、ちょうど家から車でわずか10分の距離にある大学を選ぶことができました。当時、私は修行に対する求道心があまり強くなかったため、もし家を離れれば修行を怠ってしまったことでしょう。しかし、台北にいたので定期的に共修会に参加でき、授業の時間にも融通が利いたのでセンターの仕事に参加する機会も多く持て、求道心をさらに強めることができました。
ですから、勉強というのは縁と素質によるもので、すべては成り行きに任せればいいと思います。ただ、強制的に子供に勉強させる必要はないとは言っても、高学歴でなければ今の社会では比較的生活しにくく、肉体労働で稼がざるをえなくなる可能性があることは、子供にわからせるべきです。子供はいつか必ず自分の将来の生活に直面しなければならず、親として、子供が何をしたいのかをよく見極め、よく考えてやれば、将来後悔せずにすむと思います。
★修行
私は十代の頃、いつも人と違っているような気がしていました。完全な菜食をし、毎日二時間半のメディテーションをしなければならない上に、これをしてはいけない、あれをしてはいけないと、本当に友達と付き合いにくいものでした。毎日、友達と修行のどちらかを選択しなければならないようで、「なぜ修行をしなければならないの? どうして両立できないのだろう?」とよく考え込んでいました。そして一時期は、夜8時に友達と出かけ、朝8時に眠るために学校へ行ったこともありました。何をしているのか誰も知らず、自分自身にさえわからない状態でした。私はただ幸せを求めて外のあらゆる所を探し、それでも幸せは見つからず、やっと最後に本当の幸せは自分の中にあるのだということに気がつきました。
今の若い修行仲間の多くは幼い頃に印心を受けているので、彼らにとっては、修行は子供の時から習慣となっている単なる生活スタイルで、「解脱」の概念を理解するにはほど遠いかもしれません。この誘惑に満ちた世界への好奇心が、まだあまりにも強いのです。もし、外からの接触をすべて禁じれば汚染されずにすむかもしれませんが、過剰な保護は逆効果になりかねません。親として無言の手本となることが、最も影響力のある教育です。真剣に修行をし、至福の喜びに満ちた愛こそが、子供たちの心の奥深くにある霊的パワーに影響を及ぼすことができるのですから。そういうこともあって、最も落ち込んでいた時でも、私は決して観音ファミリーから離れようとはしませんでした。なぜならば、観音法門のない明日など、私には考えられなかったからです。
★結び
なぜ、この手紙は若者にではなく、両親に宛てているのでしょうか。それは、大多数の青少年は何事に対しても好奇心が強く、自分自身で探索し、体験し、答えを見つけたがるもので、他人の意見を聞き入れようとしないし、人からのアドバイスに従おうとしないからです。思い返せば私自身もまさにその通りで、ただ自分の考えに従ってやろうとしましたが、十代の頃の考えはいつも親を心配させ、そのために親子間に多くの衝突が起きました。これまでのことを振り返って、私はようやく母がずっとそばで愛情を注いでいてくれたと気づいたのです。「道」のために外へ外へと求め、「幸せ」を追求していた時、マスターも始終そばで面倒を見て、守ってくれました。私はそれを悟ったとたん、心がこれまでになくしなやかになり、「反抗」の二文字から完全に解放されました。
ですから青少年の親のみなさんに、本当に真心で我が子に接するように心からお願いしたいのです。無我の愛情に満ちた貢献こそ、矛盾と焦りに戸惑う青少年にとって最良の薬だと思います。彼らは溺愛や束縛は望みません。ただ彼らに、是非、善悪の区別ができるよう、また健全な考え方が持てるよう親として手助けすれば良いと思います。時に彼らは言い逃れをしたり、シラを切ったりしますが、それもまた「青少年」だからこそです。
以上、この手紙がみなさんのお役に立てるように、また、私たち観音ファミリーの若者たちがこのすばらしく、健全な道を平穏に歩めるよう心から祈っています。