最前線
神の光がコロンビアを照らす
口述/イギリス・ロンドン デージー・ハンター
記録/観音使者
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ペダゴジカ大学での講演会 |
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INCCA大学での講演会後、 |
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ナショナル大学での講演会場外の |
私はコロンビアに生まれ、青年期にベネズエラに移りました。1999年、イギリスのロンドンでマスターから印心を受けて以来、私はマスターの教理をより多くの人に広めていきたいとずっと考えていました。特に故郷とベネズエラの人々にです。なぜかというと、彼らとは縁があると感じているからです。ですから、観音使者がコロンビアとベネズエラを訪れると聞いた瞬間、内心とても興奮しました。
観音使者がコロンビアに到着する2週間前から、私は首都のボゴタに行って準備作業に取りかかりました。私はここの大学で真理を広めるための講演会が開けたらと願っていたのですが、実は観音使者も同じ思いであったと後で知りました。幸運な事に、ある日、私はレストランで一人の教授に出会い、彼の協力により、私たちはまずペダゴジカ(Pedagogica)大学で、マスターの略歴が紹介されているDVDを彼の教え子たちに見てもらいました。また、この教授の紹介で、私は学内の職員数人に会うことができました。その中で、マリア・ユジェニア(Maria Eugenia)という女性教授は、マスターの略歴紹介DVDを見ていて、感動の余り涙を流していました。後に、私たちが講演会を準備している間、彼女はチラシの印刷所を見つけてくれただけでなく、講演会の知らせを電子メールで友人に送ったり、講演会当日も早くから手伝いに来たりして、本当に誠心誠意私たちに協力してくれました。講演終了後、彼女は方便法を学びました。
ある日、マリア教授のオフィスに一人の男性が入ってきて、私たちに挨拶しました。彼は私たちの講演会に興味を持っているようでした。その時、マリア教授に電子メールを送ってもらうため、観音使者がちょうど宣伝用の資料ファイルを取り出したところ、ファイルが大きすぎました。すると、その男性はすぐに小さくしてくれました。彼は実はコンピューターの専門家であることを私たちはその時知りました。必要な状況に差しかかった時、いいタイミングで助けが現れました。こういった話は数え上げればきりがないほどで、マスターのパワーはいつも私たちを助けてくれていることを証明しています。その後、その男性は妻と共に講演会に参加し、方便法を学びました。
ペダゴジカ大学で行われた第一回目の講演会はとてもすばらしく、終了後もほとんどの人が残って方便法を学びました。また、後に印心が受けられるようにと、完全なベジタリアンになる決心をする人もいました。
しばらくしてから、私はあるベジタリアンレストランで、アトロ・グルエソ(Arturo Grueso)教授と知り合いになりました。そして彼に、INCCA大学のジミー・ソトマイヤー(Jimmy
Sotomayor)教授を紹介してもらいました。ソトマイヤー氏の娘は大変重い病気にかかっていて、彼がかなりのストレスを抱えていると知った私は、マスターの小冊子を差し上げて、娘さんが入院している病院のベッドのそばに置くようアドバイスしました。すると、私たちが講演会の準備を始める前に娘さんは退院して、彼も一安心することができました。もちろん私は、これはマスターの目には見えない愛が彼女を世話してあげたのだとわかっていました。
後に、ソトマイヤー教授がマスターの略歴が紹介されたDVDを見て、ぜひ協力したいとうれしそうに話してくれました。そこで、私たちはINCCA大学で二回目の講演を行いました。当日の参加者は、若い学生や教授を始め、修道女、そして学校関係以外の人もいて、みんな集中してマスターの講演ビデオに見入っていました。終了後、修道女を含めた大多数の人が残って方便法を学びました。
ソトマイヤー教授は中国文化が大好きで、髪を中国の清時代のように伸ばして三つ網にしているばかりか、真剣に中国語の勉強をしていました。彼は、なぜかわからないが、とにかくマスターを気に入ったと私たちに話してくれました。講演会の翌日、私たちが再び学校へ彼を訪ねて行くと、彼は記念として校章が刻まれた文鎮を私たちにくれました。私たちは彼を通して、ゲリラ戦などで親をなくしたホームレスの子供を世話する協会、FINAFES(Fundacion Infantil Alegria Fe y Esperanza)に、ブラジルの修行仲間が提供した200米ドル(約50万コロンビア・ペソ)を寄付しました。その内の30万ペソは彼らの家賃に支払われ、残りは食費に充てられました。私たちが寄付金を届けた時、子供たちは2週間も食べ物がなかったと聞かされ、協会の人は大変感激しながら、「子供たちにやっとご飯が食べさせられる!」と言いました。感動のあまり、ソトマイヤー教授もその場で涙を流していました。
その後、私たちはマスターの甘露法語が施されたマクラメ編みの手芸品と、マスターが歌う仏讃のテープをソトマイヤー教授に差し上げると、彼はうれしそうに受け取りました。彼の妻がそのマクラメ編みをリビングに飾り、毎日のようにマスターの仏讃を流していたので、娘さんもマスターの後について歌い、習い覚えていました。後に彼らは夫婦そろって方便法を学びました。
三回目の講演会はナショナル(Universidad National)大学で行われました。ここはコロンビアで最大の、最も有名な大学です。実はこの大学の医学院主任であるマータ(Marta)教授は、私たちがペダゴジカ大学で行った最初の講演会に母親と共に参加しており、終了後、彼女はナショナル大学で講演を開くことについて、喜んで手配してくれると言ってくれました。三回目の講演会も前の2回と同様に熱烈な反響を呼び、多くの参加者が方便法を学びました。
マスターの加持の下、私たちはわずか2週間で、コロンビアで計3回もマスターの教理を広めることができ、正に神の恵みがこの国に与えられていると私は深く感じました。マスターもまた、雨という形でこの地方を加持しているのがわかりました。かつて彼女は、「私は雨が好きです。だから雨の時は私を思い出してください。雨は天国からの祝福のようで、雨は天国と地上との絆やメッセージのようなものです」と言いました。コロンビアでの講演会を終えて私たちがベネズエラに向かった時、コロンビアでは一週間雨が降り続きました。マスターの果てしない愛がこの国を浄化していたのです。マスターの音なき教えは、確かに私の国を変えています。少しずつではありますが、在世のマスターの指導があれば、すべてはうまくいきます。マスター、あなたの無限なる愛、恵みに心から感謝します。