あなたのやさしい抱擁と握手は私にはとても素晴らしい事でした。私はそれを思い出すととても感動して、泣きたいくらいです。
私はイタリアのミラノで天衣のファッションショーで働いていました。ベストを尽くしたのにもかかわらず、いくつかの重要な構成の仕事を失敗に近いものにしてしまいました。その時、私はイタリア語を翻訳する手伝いをしていました。とても緊張して集中力を失い、その結果、時々とてもお粗末な翻訳をしてしまいました。その後、私はこの事を長い間恥ずかしく思っていて、マスターに不快な思いをさせてしまった事を深く悔やんでいました。
私たちは世間の慣行(しきたり)で働くことに慣れていると、ひどい仕事をしてしまった時にしかられたり、こらしめらたり、もう愛されないのではないかと思ってしまいます。少なくとも私はそうでした。しかし、マスターは私に天のために働く事の大きな違いを教えてくれました。数々のあやまちは私たちが学ぶための、そして私たちにもっと一生懸命にさせてくれるチャンスなのです。
マスターが私を優しく抱きしめて下さった時、マスターが私の事で良いとか、悪いなどと考えていないのを感じました。彼女の無条件の愛は何ひとつ求めることなく、ただ全ての人を慰め、癒し、喜びと安らぎをもたらすのだと強く感じました。時には、マスターが私を叱るかもしれませんが、私が何をしようが関係なく、また私の学びとりが遅かろうが速かろうが関係なく無条件に彼女はいつも私を愛して下さいます。神は許しそのものです。私たちが自分自身を許せないのです。
フランスのニースでの共修で、私は通訳の一人で何時間も通訳したのにもかかわらず、家に帰っても少しも疲れていなくて、かえってとても幸せでした。同じように次のほんの数日間幸福感で満ちあふれていました。私はまた元気づけられたり霊感を受けたことを強く感じました。ヨーロッパでマスターの教えや、ベジタリアンの奨励をどんな方法で広めていけばよいのか、たくさんのアイデアを思いつきました。実際にマスターのために働く機会を持つことは、とても大きな祝福のなです。他のどんな仕事もこれほどの福報は決してありません。
私はこれほど慈悲深く、愛深いマスターと共にいられることを全能の神、全ての仏陀そして菩薩に感謝いたします。
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