マスターの故事
不老長寿の秘法
Supreme Master Ching Hai フォルモサ 西湖道場において 1995年10月27日(原語は英語)

、中国にある人がいました。彼はいつも人に自分は不老長寿の秘法を知っていると言いふらしていました。

燕という国の国王がお付きの者と大臣を派遣し、不老長寿の秘法を知っているという人を捜し出して朝廷に招き、秘法を尋ねることにしました。でも、国王のお付き者は私たちの観音法門のお付きの者と同じで、ぐずぐずして、快適な乗物、例えば「ベンツ」や「ビィック」に乗らずに「裕隆(ユーロン)」(裕隆はフォルモサの国産車)を運転していったのでとても遅かったのです。いいえ、ユーロンも使わず馬車を走らせましたが、馬車はあまりにもぜいたくと思い、馬に乗りました。でも、馬もぜいたくだと思い歩いていこうときっぱりと決めました。とてもゆっくり、ゆっくりと。彼は歩きながらいろいろなことを楽しみました。おいしいものを食べたり、パリなどに寄ったりして、到着したのがあまりにも遅かったので、あの不老長寿の秘法を知っている人の住んでいる所に着いた時には、その人はもう死んでいました。(笑う)

燕国の国王はかんかんに怒りました。(マスター、怒るふりをする)皆さんが知っているように私が怒鳴るときみたいに。ただ彼は私よりも凄く、というのは、彼は観音法門を修行していないからです。(皆笑う)私ほど声は大きくなかったのです。観音法門の修行をして、私には「気」がありますから、彼よりももっと大声で怒鳴ることが出来ます。そのほうがすっきりするからです。(皆笑う) この国の国王はとても怒っていましたので、そのお付きの者を死刑にしようと思いました。この時一人の大臣が国王に、彼を殺さないようにと頼みました。「この世の中の人々は誰でも、生をむさぼり、死を恐れるのです。今、不老長寿の術のためにこの者を殺せば、それは私たちの目的に反しているのではありませんか。そのうえ、不老長寿の秘法を知っているとホラを吹いていて、死んでしまった人は、自分さえ救えなかったのです。ということはその術は使いものにならないということになります。ですから、その無能な人のために私たちの有能な者を殺してはなりません」と彼は国王に言いました。それを聞いた燕国の国王はその通りだと思って、仏号を念じ、五戒を守り、Supreme Master Ching Haiに 学び、もう人を殺すことはしなくなりました。(皆笑う)

同じ時代、他に斉という国があり、胡子という人がいました。彼も不老長寿の秘法を知っている人の噂を聞いて、それを知りたがっていました。それで、その人が死んだと消息を聞いて、彼はがっかりして、胸をたたいて泣き叫びました。富子という彼の友人が大声で笑って言いました。「あなたは馬鹿だ。あの人は不老長寿の秘法を知っているといいながら、自分が死んでしまった。とんでもない話ではありませんか。なのに泣くなんて、あなたは知恵を持っていないのだ。自分が何を学びたいか分からないのではないか」と。

胡子は友達の富子に言いました。「富子よ、あなたは間違っている。秘法を知っていても使い方が分からなくて、応用できない人もいるのです。そして、使い方を知っていても本当に正しい秘法がどこにあるのかを知らない人ともいるのだ」

例えば、昔、魏という国に数学の専門家がいました。彼は死ぬ前に自分の計算法を息子に授けたのです。息子は全部聞き取ったのですが、でも、父親のように良く計算できませんでした。他のところから、ある人がその息子の家に来て、息子から計算法を教えてもらいました。その人は家に帰ると、その息子の父親と同じように数学なら何でも正しく計算できました。それはなぜでしょうか。彼はその計算法が理解できない息子が説明した通り、一歩一歩やったところ、死んだお父さんと同じように良くできたのです。「その不老長寿の秘法を知っていた人は、もしかすると秘法を知っていても、自分で応用したり、実行したりしなかったかもしれません。私たちがもし彼からその秘法を学んで、自分で応用したとすれば、それはとても良いことではありませんか」と胡子は言いました。

皆さんはそう思いますか。(皆拍手)観音法門も同じです。そうでしょう。十時間動かずに座り、体験はとても良く、この事はこの法門が正しいことを表しているのではありませんか。この秘法が正統であることを。それならマスターの指示に従って、続けていけば間違いはないでしょう。時々私は観音使者を派遣し、皆さんを教えます。そして、皆さんは観音使者の口伝えで修行し、私がいなくても構わず、その座禅法に従うととてもよい体験があるでしょう。(皆「そうです」)その観音使者は必ずしも、皆さんより修行が良いとは限りません。ですから、彼を崇拝してはいけません。ある観音使者が皆さんのところに派遣されると、特にオゥ・ラックや中国大陸の人々はマスターには会えませんから、観音使者を拝むのです。ある出家者が中国大陸に行った時に、そこの村の人々が全員印心したのです。彼女(観音使者)がそこの村に入ると、村人は皆彼女を拝み、ひれ伏しました。とても壮観でした。苗栗村では私を拝んだ人はいませんね。(皆笑う)犬にさえ拝まれたことはありません。もしかしたら、子猫に拝まれたことがあるかもしれません。猫の歩き方がそんな感じですから。オゥ・ラックの人 はもっとおかしくて、観音使者を拝むだけではなく、在家の同修も、例えば、アメリカから帰ってきたオゥ・ラックの同修がマスターに会ったことが一度でもあると、彼らはその人を拝んでしまうのです。(皆笑う)

その人たちを拝む必要はありません。私たち自身の本性を拝みなさい。その内面のマスターの万能のパワー、私たちに本来あるものを拝みなさい。観音使者を通じて、そして私が教えた方法に従ってやり続ければ、必ず私たちが求める「道」を手に入れることができ、話すとこのような感じなのですが、じつは方法が重要なのではなく、生きた電力が必要なのです。そして、私たちにそれが伝わって初じめて、私たちの内面の電力を開くことができるのです。

この人はたまたまあるマスターからこの秘法を学んだのかもしれません。そして、そのマスターはもともと「道」を得ていたので、彼から学ぶことができるのです。それなら問題はありません。でも、私たちの観音使者が皆「道」を得ているとは限りません。でも、彼らが皆さんに法を伝えるときに、マスターの指示に従って伝えていますし、現にマスターは生きていますから、やり続ければ必ず結果がでます。これは既に証明されていることです。中国大陸、オゥ・ラック、チベットあるいはそのようなへんぴな国、あるいはそのような政治的理由でマスターがいけないところの同修たちは、観音法門の伝法を受けた後、同じように多くの不思議なパワーや境界を得ます。ですから、伝説か何かの話ではなく、本当に利益があることなのです。

このような秘法はどこででも見つけられるものではありません。例えば、どうして燕国のあの老人だけが不老長寿の秘法を知っていて、他の人は知らないのでしょうか。どうして彼は知っているにもかかわらず、死んでしまったのでしょうか。二つの解釈があります。一つはもしかしたら、燕国や斉国の人がこのような不老長寿の話を誤解していたのかもしれないということです。不老長寿というのは私たちの肉体が永久に朽ちないということではなくて、私たちの魂の解脱のことです。永久に不生不死のことです。私たちがその不生不死、不滅不壊、不垢不浄の境界を身につけてこそ、真の不老長寿なのです。でも、普通の人たちは不老長寿と聞くと、すぐに物質面のことを考えてしまうので、その人が死んだという消息を聞いてとても失望したのです。或いはその秘法を学びたいという人を笑ったりしたのです。────「その先生でも死ぬというのに、どうして彼から学ぶ必要があるのだろうか」私はこれが正確な解釈だと思います。

さらに、もう一つの解釈は、つまりその人は秘法を学んだかもしれませんが、実行はしなかったということです。もしかしたら、不老長寿の方法があるのかもしれません。何千年も何万年も死なない方法が。私たちは何があるとか何がないとか、断言すべきではありません。私たちは知らないときに物事を否定してはいけません。もし私たちが知らないのなら、まだ知らないと言うべきです。知っているのなら「はい、知っています」と言うべきです。もし、その人が不老長寿の方法を知っていたなら、なぜ彼は死んだのでしょうか。彼はマスターの教えた方法に従ってやり通さなかったのか、あるいはその法門をそれほど真面目に修行を積まなかったので、彼は結果を得ることができませんでした。これは考えられることです。

例えばたくさんの人が太極拳を知っています。また、タンゴやルンバ、チャチャチャの踊り方を知っています。また、ちょうどそれに関する本があり、参考にしてやってみることができます。まず右足、次は左足、そして左にターン、それから右にターン、前に出て、後ろにさがってなどです。彼は踊りのステップの図を持っているので、彼は知っています。でも、彼自身が実際に練習したことがないか、一日か二日練習しただけでひんぱんにクラブで踊ったりしていたわけではないのです。それで彼は忘れてしまうのです。でも、彼はその方法を知っています。踊りのステップの図も持っていて、その中に踊り方やそれに合わせる音楽も解説してあります。どの音楽がタンゴなのか全て分かっています。もし、私たちが彼からこの図をもらえば、私たちも自分で踊りを練習することができます。完璧ではないかもしれませんが、でも、基本の動作を知ると、練習するほど上手になるでしょう。そして、もっと上手な人に会えば、さらに一緒に練習し、ますます上手になり、それから自分の聡明さをプラスして、そして自分の才能を発揮すればもっともっと美しく踊ることができるでしょう。

どうしてその時代の中国で、その人だけが不老長寿の秘法を知っていたのでしょうか。他には同じ方法を知っている人はいなかったのでしょうか。そうですね。私たちの観音使者のように、全ての所に何人かいるというわけではありません。例えば、マスターはたった一人か二人だけで、弟子のなかで法を伝えに行ける人はそれほど多くはありませんし、全てのところに何十人も送れるわけではありません。もちろん本部のほうはたくさん観音使者がいます。でも、一つの国に一人だけ観音使者を送ることはできます。ですから彼らのことを耳にすることはとても難しいでしょう。彼らはビザとか、距離が離れているとか、本部にも人が必要だとかというようなわけで、長期滞在することができません。ですから、その当時その国では「その人だけが知っている」と聞いていたのです。

不老長寿の秘法