マスターの故事
分け隔てのない愛
Supreme Master Ching Hai フォルモサ・西湖道場 海外の同修に向けての話(原語は英語)1995年12月25日

かし、とてもお金持ちとは言えない、一人の小さな商人がいました。彼の商売はあまりうまくいってはいませんでしたが、でも彼は平気でした。彼はその生活に満足していましたし、家族の面倒もちゃんと見ていました。

そしてもう一人、真理を求める一人の修行者が彼の隣に住んでいて、その男の人は大変貧乏でした。そこで、その商人と近所の人々は彼が冬や困難な時を乗り越えられるように時々食べ物や日常品をあげて助けていました。そして、商人が少し、ほんの少し、たぶん収入の千分の一ぐらいのもの、一切れのパンや、時にはクッキーだったり、キャベツだったり、一束のにんじんあるいは一握りのお米だったりといったようなそんなにお金のかからないものをその真の修行者にあげてから、商売は繁盛し、家庭が良くなり、彼自身の健康も良好で、子供たちももっと言うことをきくようになったという具合で、そして彼はより多くのお金を稼げるようになりました。

たくさん稼げば稼ぐ程彼は隣の修行者にたくさんあげました。というのは、彼は以前よりお金持ちになったからです。たくさんあげればあげる程彼はたくさん稼ぎ、商売が繁盛すればするほど、全てが日に日に良くなっていきました。

そして、彼は自己の発展と隣の人のためにしてあげた慈善の行為とを結びつけ始め、確かにそうだと確信しました。そこで、彼は心の中で「ああ、この人にあげればあげる程自分の商売が繁盛するんだ。それに彼が、自分には一人のマスターがいて、そのマスターは自分より百万倍も偉大なんだと言ったのを聞いたことがある」と考え始めました。ですから、今、商人は心の中で「そうだ、百万倍も儲かるんだ。こんなにお粗末な弟子にあげただけで、もう私の商売は倍増したんだ。それならもし、彼が言っていた、彼よりも百倍、十億倍、百万億倍も偉大なマスターにあげたら私の商売はいったい…」と考えました。彼が何を考えているのか想像できるでしょう。(皆笑う)そこで、彼はポケットに手を伸ばし、たくさんの高価な贈り物など全て準備し、その隣人のマスターを捜しにとても遠くまで行きました。 ですから、今では彼はでかけて行って、もうそのマスターにしか布施をしませんでした。それ以来彼は隣の修行者に布施をしませんでした。彼が耳にしたその最も偉大なマスターに布施をした時から彼の商売は崩れ、本当に日に日に下り坂になっていきました、そのマスターに与えれば与える程自 分の収入は少なくなっていき、もうこれ以上耐えられないくらいになりました。破産寸前で、家の中にほとんど何もない状態で、そして家族全員餓死寸前になってしまいました。

彼は隣の人の家へ行き、偉大なマスターのそのお粗末な弟子と話をしました。彼は「なぜですか。あなたのマスターはあなたより何百倍も偉大だと言ったじゃないですか」と聞きました。

その弟子は「その通りです。当然です。私の言ったことは本当です。私のマスターは私が言い表したものより偉大です。私より何百倍もすばらしく、偉大なだけでなく、どのぐらい偉大なのかをあなたに説明できないので千億倍と言っただけです。しかしマスターはそれ以上に偉大なのです」と言いました。

ですから、商人は「しかし、私はマスターがあなたより偉大で、優秀で、高徳で尊敬に値する人だと思ったので出かけて行って彼に布施をしました。なのにそれ以来私の商売は崩れ始め、私は餓死寸前で、今や家族全員何も食べるものがありません。なぜですか」と言いました。

それで弟子は「ええ、以前、あなたは私に良心で、あなたの愛の心で与えてくれました。私が困っていたのであなたは見返りを考えないでただ私に与えてくれました。あなたは何も期待しないで愛の心で私に与えてくれました。私が値するのかしないのかを考えず、人を選ばずひたすら与えてくれました。あなたは本当に愛の心で私に与えてくれました。

ですから神もおしみなくあなたに与えました。神は区別して人に与えたりしません。あなたのように与える人を区別しませんでした。あなたは私が与えてくれた時は私が良い人なのか悪い人なのか、値するのかそうでないのかを区別しませんでした。しかし、あなたは私と私のマスターとを区別して、優秀で、高徳で、尊敬に値する、高尚な聖人の方を選びました。そしてあなたはこの人の方が値する人で、優秀で、高徳だと考えて、ほどこしを与えました。神も同じことをしました。神は与えるのに高徳で、値する、聖なる人だけを選びました。なぜならあなたが区別したので神も区別したというわけです」と答えました。

ですから、家に帰ったら皆さんも愛に区別がないようにしましょう。皆さんの子供は大変悪い子かも知れません、ご主人がろくでなしかも知れません、近所の人が大変ひどい人かも知れませんが彼らを愛するように努めて下さい。全て同じように愛するのではなく、適切に皆さんの能力に応じて愛して下さい。できるかぎり愛して下さい。そして彼らが助けを必要とする時だけ助けてあげて下さい。もし、助けがいらないのなら全ての人に対して平等に、友交的に、心の中に恨みを持たずに接して下さい。なぜなら、皆さんは全ての人に対して同じ方法で平等に愛することができないからです。

神は全ての人を平等に愛するように私たちを造りませんでした。それなのにどうしてそうしなければならないのでしょうか。私たちは無理にそうするべきではありません。私たちは彼らを愛しています。というのは彼らが私たちを必要とする時はいつでも、たとえ以前彼らが私たちを傷つけたとしても、私たちはすぐに振り向いて彼らを助けるということです。彼らを愛するということは彼らに対して恨みや、悪意を抱いたり、あるいは呪いをかけずに彼らを祝福し、彼らのために祈り、彼らのために座禅をするということなのです。

分け隔てのない愛