フォルモサ 西湖道場における講演 1995年7月11日(原語は英語)
もし私たちが、神の王国が私たちの内在にあると理解しているならば、そして私たちがすでにこの王国の甘露を味わっているとするならば、そうすれば私たちはいかなるものに対しても反抗しようとは思わなくなるでしょう。もし私たちが、神や仲間の衆生たちに対して奉仕するために、より長くここに留まることができるならば、それで良いのです。もし私たちが、私たちが去る時間がやって来たため、あるいは他の誰かが私たちの命を終らせたければ、それでも悪くはないのです。なぜならば、私たちは他に生き続ける王国を持っているからです。
アメリカ カリフォルニア州 フレモントヒンズー教寺院における講演 1995年11月23日(原語は英語)
私たちはとても偉大で、とても満足していて、そして私たちはただほんのちょっとの世俗的な知識を理解するために、偉大なる知恵を使います。例えば医学的なこととか、法律的な知識とか、あるいはその他のことです。そして私たちは、それにしがみついてしまいます。私たちが使ったそのすべての知恵は、ただこの知識のほんの一隅に注意を払うものなのです。ですから私たちはすべてを忘れてしまうのです。そういうことなのです。そして私たちは私たちがすでにとても偉大であって、こういう医者だとか、ああいう博士なのだと思っているのです。
コスタリカにおける講演1991年6月2日(原語は英語)
マスターの肉体が存在するのにはふたつの理由があります。一つめは、物質世界の弟子たちにはマスターの光の体を見ることができないので、彼らにそれを見せるためです。二つめは、マスターの体は犠牲のためにあるからです。弟子たちすべての償いを、清算しなければならない罪を体で耐え、カルマを収集し、そして潔白になるまで洗浄するのです。
マレーシア ペナンにおける講演 1992年2月23日(原語は英語)
私たちは、私たちがとてもすばらしく優れていると思う時、私たちは頭脳によってだまされているのかもしれません。頭脳は栄光と、称賛と幻想を好みます。そして私たちがすばらしいと思うことを好みます。一方で頭脳は私たちを堕落させます。それは憂うつと劣等感のなかに沈み込み、そして私たちの栄光をだまし取ってしまうのです。それはふたつの方向に別れて進みます。
シンガポールにおける講演 1994年9月29日(原語は英語)
ある時、もし私が仕事をしなければ、かえって病気になります。というのは、エネルギーが内に貯められて、外に出すことが出来ないからです。ですから、きつい仕事についても心配しないでください。皆さんは仕事をして、エネルギーを消耗すべきです。
マレーシア ペナンにおける講演 1992年2月23日(原語は英語)
あなた自身の座禅と悟りの力によって神が輝かしくなります。これこそ最も良い祈りです。それが神に対する最も意味ある祈りです。これこそ神にとって最高の栄光で、最も意義ある仕事なのです。
シンガポールにおける講演 1994年9月29日(原語は英語)
一人の人間がたくさんの違いを創りだします。もしあなたが本当にあなたの長所を信じているならば、あなたがすることは何であれ、他の人々に影響をおよぼすことができます。しかしもし信じていないならば、彼らはあなたに影響を与えます。個性の強い人になろうとしなさい。あなたが信じているものが何でも良いものであるならば、それにしがみついていなさい。そして他の人に心を揺さぶられないようにしなさい。というのは、よい見本というのはこの世では、まれなのです。ですからあなた自身をよい見本に仕立てなさい。すべてにおいて全力を尽くし、そして人々があなたが修行しているために、あなたがよりよくなっているのだと知らせるようにしなさい。そうすればあなたは社会にとって有用な存在になります。そういう方法であなたは成長していくのです。そういう方法であなたは他の人々を助けていくのです。そういう方法で私たちはやって来るかもしれない大きな破壊からもこの世を守ることができるのです。
フォルモサ 屏東における講演 1992年12月26日(原語は中国語)
私たちの末後の瞬間の考えは非常に重要です。もし皆さんがすべて惨めなことを考えていたら、皆さんは地獄に落ちるでしょう。(観衆笑う)もし皆さんがマスターのことや、マスターと一緒に過ごした時の喜びや幸せしか考えなかったら、皆さんはたちまち涅槃に行けるでしょう。ですから秘訣はここにあります。
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