質問:私たちは修行心を持って外で働かなければなりませんが、いつも仕事や社長を選べるわけではありません。ときには誠実でない社長がいて、彼らの下で働いているという理由で彼らに従うよう私たちに強いるのです。彼らは私たちを利用して、お金をむさぼり、そして私たちは従わなければならないのです。このこととどのように修行心と結びつけたら良いのでしょうか?というのは、もし私がマスターのために一日24時間働けるのならそうしたいのです。けれども私はお金を稼がなければならないのです。
マスター:私のために24時間働く必要はありません。自分のために2時間半瞑想すればそれで十分です。質問についてですが、あなたは社長に従う必要はなく、社長のために働くだけでいいのです。自分の責任を果たし、仕事を全うし、そしてあなたに割り当てられた給料を貰います。社長が誠実かどうか、あなたが気にする必要はありません。というのは、あなたは社長が誠実かどうか本当は知らないからです。もしわかっていて、不愉快に感じているなら、辞めて他の仕事を探せばいいのです。
社長というのも大変なポジションなのです。あなたが社長や仕事からプレッシャーをかけられるように、彼も彼自身の仕事、周りの環境、それから地位やビジネスに関連する局面からプレッシャーをかけられます。彼は巨大な生存競争の世界の中で奮闘しなければならないのです。ときには彼の良心が許さないようなことを強いられるのです。ですから私たちは本当にわかっていないのです。もし彼がまちがっていても許してあげなさい。そして自分の仕事にベストを尽くしなさい。
言っておきますが、社長を務めることは大変難しいのです。もしあなたが何か一つ間違いを犯せば数百万ドルもの損失となって、会社は倒産し、数千もの人が失業するかもしれないのです。ですから、ときには社長にかかる責任やプレッシャーは途方もなく重いのです。たぶん私たちは社長のことをもっと理解してあげるべきなのでしょう。
質問:印心しているという事実と、攻撃的な態度との兼ね合いについて、あなたはどう思うのか知りたいのです。ちょっと説明しますと、かりに人が仕事上やむをえず攻撃的にならざるを得ないとします。例えば、同僚をかばったり、政府等と交渉しなければならないとき、人々を守るために攻撃的にならざるを得ません。その後間違っていたと感じることがあります。というのは「私は印心した者なのに、一日中とても攻撃的で、本当に悪かった」と思うからです。でも私は良いことのために攻撃的なのであって、国民を守るためなのです。というわけでそれは印心したものの哲学にかなっているでしょうか?
マスター:あなたがこの世界の中で働かなければならないとすると、状況により、ときには積極的すぎたり、攻撃的にならざるを得ないことがあります。けれども私たちはどうすることもできません。ときに人はやさしさを率直に受け入れなかったり、理屈も通じず、義理人情や人の守るべき道も通用しなかったりします。彼らはそういったものを一種の弱さだとしています。そのため彼らはより力強く、問題に対してより率直で、どんなことも恐れない人に会うのを好むのです。ですからその場合、あなたは彼らが要求する武器を使わなければなりません。
私たちは修行者です。それは私たちがいつもたった一種類の武器や一種類の態度をとらなければいけないということではありません。それでは一方通行のようなものです。世間の人々はあちこちに行くのにたくさんの通りや道を必要とするのに、あなたが永遠に一方通行の道だけ通ることはできないでしょう。ですからあなたは攻撃的な態度とやさしい態度を状況に応じて使い分けなければなりません。
自分を責めないことです。自分の憎しみであったり、人の名声、富、地位を傷つけようとする本当の悪意によって相手を害するようなことさえしなければ、何を使っても構いません。自分のなすべきことはしなければなりません。仕事上の要求を遂行するためにすべきことをしなければなりません。それがあなたの責務であり、問題はありません。ちょうど私たちに子どもがいて、ときどき彼らが悪くなったときに、もとの道に戻してやるために、親の威厳を使って彼らを扱うのと同じことなのです。
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