西洋と東洋の様式の色彩的融合
(油絵、50.5×40.5p、香港・沙田、1993年7月)
「清水池」は、引き締まった色彩からなる配列が組み合わされてできています。本当にThe Supreme Master Ching Haiの全ての絵画には、まるで一束の花を見たときのように、明らかに人を落ち着かせる効果があります。ある意味で彼女は、まったく新しい芸術的な言語を造ったのです。それは豊かな韻をふんだ様式や、大胆な情熱を特徴としたおおらかな詩にも匹敵するものです。
「清水池」の中に描かれた情景は、空のプールの底にほぼ同じ間隔で立っている三人の人で構成されています。彼らは掃除道具を持って働いており、その側にはそれぞれ一つづつバケツがあります。ブールの底を掃除しているのですが、その三人は楽しそうにソフトボールをしているようにも見えます。
この絵画の美しさはどこにあるのでしょうか?その単純な題名でしょうか?疑いもなくアーティストである彼女自身が持つ、謙虚な満足感でしょうか?それとも大衆から寄せられるうわべだけの賞賛でしょうか?いいえ。完璧なテクニックでも、普通の風景だからでも、傑作にしようと念入りに磨きあげてあるからでもありません。このような不朽の名作を創るためには、画家の巧みな色彩の組合せの技術と深い芸術感覚の他に、最も重要な要素は、アーティストの精神状態が森羅万象と一体になっていることです。あらゆる季節と共にあり、自然の喜びの中に完全に浸っているとき、色彩のあらゆる変化を完全に調和しているとき、その人が完全至福の創造のインスピレーションの中にしか存在しえない、圧倒的な陶酔状態にあるということに、他の人は見て気がついてはいるのですが、当の本人は絵を描いているという感覚すらないのです。
結果として「清水池」は、古今東西の様式のすばらしい結合体となっています。例えばプールの底の藍色や明るい灰色は、中国の水墨画を思い出させます。異なった濃い茶色と薄い茶色の色の違いによって、プールの周りに囲まれた石は輝き、五色の宝石のように見えます。なにげないオレンジ色の幾つかの草の束がときおり池の端に現われ、月夜の森の中に光る閃光のように、見る人の心に多少の不安を感じさせます。プールの底を掃除している三人の姿は、この絵画の全ての色を対比させるための単なる手段にすぎず、この絵画が最高点に達するための焦点としての役割を担っています。このような色の対比法はヴァン・ゴッホ、セザンヌ、トゥールーズ・ロートレックなどのヨーロッパの抽象画家の手法なのです。この偉大な画家たちの作品になじみのある人なら、自然にわかるでしょう。
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