問:マスター、最近のあるニュースマガジンの中で、あなたはこのようにおっしゃっていました。「最初、魔はいませんでした。ただ仏陀が仮面をかぶって、魔のように見せかけたのです」と。それなら、それは今でも魔ですか、それとも仏陀が仮面をかぶっているのですか?
マスター:あなたはどう思いますか? どうしてこんな質問をするのですか?
問:私のことや他人のことはあまり気にしませんが、マスターが私たちのために利益のあることをしてくださるとき、いつも私たちの前に多くの障害があるのです。それでこれは、私たちのためにしてくださることに、魔が邪魔をしているのではないかと思ったのです。
マスター:もちろん、この世の中で生きていくのは、たいへん難しいことです。魔とは、人々をこの世にとどめておこうとする一種のパワーです。けれども、仏陀も別のある種のパワーで、人々を上に引き上げようとします。というのは、この世界に来た人はみな、自分が神であることを思い出そうとしているからです。しかし、もしそんなに単純なことなら、つまりただひとりの母親を探しだし、その人の子宮の中に魂が入り、赤ん坊として生まれ、そして大人になって仏陀になるだけだとしたら、簡単すぎます。安っぽすぎます。それに、どうして肉体を得る必要などあるのでしょうか。ですから、学校でテストを受けるように、必然的に挫折のようなことがおこるのです。
あなたたちに難しい問題を出している先生方は、毎日あなたたちを指導し、愛し、それぞれの教育課程において、一歩一歩あなたを導きます。しかも、あなたたちにテストをして、十分力がついたか、理解できているか、成長したかをみます。あなたにとって利益があったかどうかをみます。ということで、魔はテストにしかすぎません。もし、あなたがテストにパスできなかったら、失敗したら、またもう一度初めからやらなければなりません。そしてもっと難しくなります。テストに失敗するたび、その次は二倍難しくなります。もし、三回目も失敗したら、六倍の難しさになります。ですから、毎回身、口、意(行ない、言葉、考え)に注意して、テストに失敗しないように心がけるべきです。
他の人に対して有益であること、あなたに対して有益であることは何でも、必ずやり遂げなければなりません。「万一…」とか、「もしも…」とか、言い訳をせず、できることはすべきです。魔の言うことを聞いてはいけません。頭脳はあなたにこう言うでしょう。「まず、自分のことを考えよう。なぜそんなことをするのかい? 自分の生活に気を配らなくては。彼女のことは忘れろ。彼らのことは忘れろ。自分以外の人のことは忘れてしまえ!どんなに大勢の人が苦しんでいても、自分のやりたいことだけやればいいのさ」と。もし、あなたが頭脳の話を聞いたら失敗してしまうでしょう。魂の話に耳を傾ければ、大成功! みごとにテストにパスするでしょう。ですから、魔は問題になりません。本当の問題はあなたであり、私たちなのです。
かりにあなたが学校に行っても、試験もないとしたらなんのために学校へ行くのでしょうか? 自分が正しいかどうかわからないでしょう。オリンピック選手はいろいろな選抜テストを受けなければなりません。パスするのはとても難しいのです。そして彼らはこう言うでしょう。「これは魔だ」と。ほとんどがそうです。本当に難しく、失敗することが多いからです。たまには成功して、立ち上がれることがあり、いったん立ち上がったら、自分の大きな進歩に気づきます。自分が一段と高いレベルに達したと感じ、肩に背負っている重荷をおろしたと感じ、強くなり、はっきりとして、自分に誇りを持ちます。試してごらんなさい。私も絶え間なくテストを受けています。本当です。
問:あなたが仏陀なら、もし魔がテストをするとき、どんな方法でテストしているかどうか判断するのですか?
マスター:いいえ、魔は直接私をテストすることはありません。けれども、たくさんの弟子や煩わしいことを私の前に置いていきます。もし、彼らが私をテストしようとしたら、こう言います。「出て行きなさい! おまえのことは知っている」と。それで、彼らは私のスタッフや弟子、私が愛している人、友達、親戚などをテストし、その人に困難をもたらします。困った人たちは私のところへ来て、文句を言います。これで十分です。私を直接テストすることはありません。一度もありませんでした。私を良く知っているからです。(拍手)
例えば、私が共修会に参加しようとします。そのとき、運転手か、スタッフがひとりしかいないとします。ふだんは私たちの間になんの問題もないのに、私が共修会に参加しようとすると、突然、さまざまな問題が起こるのです。運転手のきげんが悪かったり、たぶん家に帰りたかったり、ガールフレンドのことを考えていたのか、またどこか他のところへ行きたかったのかもしれません。その結果、たくさんの騒音、困難、怒り、言い争いなどが生じ、どこかへ行ってしまったり、車を他の場所に走らせてしまい、私はひとり置き去りにされます。
たぶん、こういうことが起こると、私は共修会に遅刻するか、会場に到着できなかったりするのです。または彼を引き戻すために、多大な努力と力を費やして疲れ切ってしまうのです。ときには、たったひとりを救うために大きな力を必要とすることがあります。それはその人が私のすぐそばにいるからで、魔のあらゆるパワーがみな、彼に集中してしまうのです。私は彼を助けなければなりません。助ける過程で、私は疲れてしまい、それでみなさんのところへ行けなかったり、遅刻したり、行っても頭がぼーっとしていたり、話をする気にならないようになります。これが魔の仕事のやり方です。私を直接テストすることはありません。
私をテストできることは何もありません。何か方法がありますか? 私にお金をわたして、マスターをやめさせようとしますか? ほかには? 恋人を与えて、それで仕事をやめさせますか? だめです! できません。たとえお金をくれても。いいです。おかねをくれるなら、もらいましょう。それでも、やっぱり仕事を続けます。(拍手)私に夫をくれる? いいですよ。一緒に仕事をしましょう。まだなにかありますか? 私に大統領になれと言うのですか? 私を病気にするのですか? いいです。病気になっても大丈夫。お医者さんに行って、注射をして、それから起き上がって仕事を続けます。魔は私を短時間ストップさせることができても、長時間ストップさせることはできません。魔はこのことをよく知っています。ということで、私が受けた病苦や困難は、魔からの直接のテストではなく、弟子や身近な人を通じて、私をテストするのです。いつもこのようです。100%そうです。
それで、たとえ私を直接病気にさせなくても、弟子を通じて、私を病気にさせるのです。心配させ、眠れなくさせ、心を痛ませ、それで私を病気にさせるのです。そして私の仕事を妨害したり、私の体を虚弱にして、仕事ができないようにしたり、仕事をするときに苦労させたり、悩ませたりします。私は非常に苦労して、こういった障害を克服しなければなりません。これがすべてです。そうでなければ、魔はどうやって私をテストするのでしょうか? たとえ私を殺したとしても、それくらいが最悪のことです。それなら私は解脱できます。
魔について話すなら、私は毎日はっきりとわかります。私のまわりの人の背後に隠れていて、私の前に現れるのを恐がっています。一度も現れたことがありません。けれども、私は魔があるところに隠れているのを知っています。問題は私の弟子のほとんどが魔、それ自体であることです。類は友を呼びます。
あなたがしっかりしていて、善良なら、魔はどうしてあなたに取りついて、あなたを利用できるでしょうか? 自分に対し、マスターに対して、大衆に対して良くないことをすれば、あなたはすぐに気がついて、それをやめます。しかし、その人たちは自分は良いことをしていると思っているので、わからないのです。その結果、ときどき魔の手伝いをして私を困らせます。ということで、あなたはその人の行為を見れば、誰が軟弱か、誰がしっかりしているかを知ることができます。彼は誰の手助けをしているのか、誰のために仕事をしているのか、誰が彼のボスなのかがわかります。
どんな仕事も、他人とマスターの手助けになるなら、仏陀の仕事です。どんな理由であれ、この原則に背いていたら、それは魔の仕事です。とても簡単です。あなたたちは、今、はっきりとわかるでしょう。けれども、私のそばにいると、わからなくなってしまいます。というのは、そのとき、魔はあなたの内面の魔を掘り出してきて、利用するからです。今は眠っていて、抑制されています。
それで、あなたがテストに直面したとき、どれくらい魔があるのかわかるのです。また、あなたが大衆のために仕事をしなければならないときや、他人のために自分のエゴ、時間、体、好き嫌いを犠牲にしなければならないときにわかるのです。そのとき、あなたは、自分の体と心の中に、まだどれくらい魔が残っているかがわかります。そうでなければ、あなたはいつまでもわからないでしょう。
あなた本人はなにも変わりません。ただ、魔はあなたの内面にいて、チャンスや状況が来ると、必要に応じて、魔の資質や仏陀の資質が出てくるのです。それで、自分や他の人が見ると、自分はどれくらい仏性を表したか、どれだけ魔性が明らかになったかということがわかります。
誰でも仏陀になることができます。ただ、その道を選択しないだけです。それだけです。彼らはより簡単な、習慣になっている方法を選択します。つまり、まず自分のことを考えるのです。自分の面倒をみるのは、とても良いことで、義務です。しかし、他の人の利益を犠牲にするべきではありません。悲惨なことになります。そのとき、あなたは本当に悪魔のために働いているのです。
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