スポットライト
天国からの情報に耳を傾け、自己を信頼すべきである
The Supreme Master Ching Hai シンガポール共修会における英語の講演 1997年4月26日

分自身を信頼することは、最も良いことです。本当です。なぜなら、マスターはあなたの内面に存在するからです。一所懸命修行して、内在のマスターと接触することで、あなたのすべての問題は解決します。それがマスターの道であり、マスターが存在する目的です。マスターは単なる物質的な肉体ではありません。私はただここへ来て、友だちのようにみなさんが何をするべきか教えているだけです。みなさんがもうすっかり忘れてしまった道を示します。けれども、みなさんは私に依存するのではなく、自分自身に依存するべきです。みなさん一人ひとりは、必ず自己に頼るべきです。仏陀はこのように説いています。「あなたは自己のたいまつを灯し、自己の道を進むべきです」と。本当にそのとおりです。ただ自己を信頼し、努力して内面深く思い巡らせ瞑想しましょう。

座禅のとき、そばにノートを用意するようにしましょう。なぜなら、たくさんの考えや答えが浮かんできますが、後になると忘れてしまうからです。みなさんに告白しますが、私もよく忘れます。瞑想をしていると、ときどきたくさんの問題がわき起こったり、何かの情報を受け取ったするするので、私はそれをノートに書き留めることにしています。けれども怠慢になって、気持ちが良くて筆を執るのもおっくうでさぼってしまうこともあります。私は、自分では覚えていられると思っています。それは、とても簡単でささいなことだからです! けれども、あとですっかり忘れてしまいます。みなさんはこのような経験がありますか。(みな、ありますと答える)

それではやってみてはいかがですか!(笑い)どうしてかって? それは天国からの情報だからです。つまり、これが私たちの愚かさの原因です。つまり、これがすべて……(笑い)しーっ! ほかの人には言わないでください。私とみなさんの間だけのことにしましょう。人には内在の直感があります。寝ているとき、あるいは一所懸命考えているとき、ちょうどこんなふうに(マスターが指を鳴らす)。けれども、彼らがこの直感を書き留めたり、注意を払わなければ、単なる瞬間的な考えにすぎないと思い、後ですぐに忘れてしまいます。

三日前、あるアイディアが浮かんできましたが、私はすっかり忘れてしまいました。何度も思い出そうとしましたが、どうしても思い出せませんでした。これは、内在のマスターがあなたに何かを訴えかけているのです。ですから、もし注意をしなかったり、常に内面に集中していなければ、私たちはこの世界でするべきことや、そして神の意思さえ忘れてしまいます。それで私たちは、間違いを犯し、面倒なことを起こし、また数々の難題を解決することができなくなるのです。

マスターがあなたに教えていないのではなく、実際はみなさんが忘れてしまったのです。そんなつかの間の考えでさえ、瞑想を終えて三十分もすればすぐに忘れてしまいます。ましてや、私たちの過去世や、天国の栄誉や、本当の故郷や、知恵や偉大さなど、どうして覚えていられるでしょうか。どうしてできますか。この世界のすべてのことが、私たちが記憶していることを忘れさせていきます。私たちは子どものころから、すでに忘れてしまっています。

私をいつも感動させ、泣きたい気持ちにさせる、ある真実の物語があります。本当に泣いてしまうこともあるのですが、それはこんな話です。ある四才の女の子が両親に、生まれたばかりの弟と話をしたいので部屋を出ていって欲しい、と言いました。両親は非常に驚きましたが、同意して外に出ていきました。それでも、やはり両親は聞いてみたいと思いました。どうして娘は弟と話をしたいのか、そしてどのようにして生まれたばかりの赤ん坊と話をするのか。ですから、両親は用心しながらこっそりと、娘の話を聞きました。すると娘は、生まれたばかりの弟にとても優しく訴えかけました。「かわいい弟、私に教えて。神様はどんな感じ? 私はもう忘れてしまったのよ」わかりますか。これが私たちの問題点です。

いつものように、今も泣きたくなります。みなさんは小さい子どものこのような気持ちを想像できますか。このような美しい記憶はだんだんと薄れていき、コントロールすることも、取り戻すこともできなくなったとき、どんなに落胆することでしょうか。

成長するにつれて、私たちはどんどん忘れてしまい、苦しみすら感じなくなってしまいます。ほんとうに、私たちが幼いころ忘れ始めたときが一番苦しいのです。ですから、赤ちゃんは誕生するときに外界の荒々しさを感じて泣きます。赤ちゃんを包んでいた環境から離れることが、おそらく赤ちゃんの体に苦痛を与えるのでしょう。もう一つは、最初に外界と接触するときの魂の慟哭です。それは、赤ちゃんは子宮の中にいるときの方が、保護されていて神の近くにいられるからです。赤ちゃんは、鼻、目、耳など、なんでも揃っています。けれども、液体で満たされた子宮内でも生存することが可能で、苦しみはありません。そして魚ではないのに、子宮の中を自由に泳ぎ、逆さになったり前後左右にひっくりかえったりもできます。どんな位置にいても違和感はありません。それは、子宮の中で、至福の状態にあるからです。そのとき、頭脳は働いていません。先入観や、洗脳的な作用は、まだ私たちの意識に影響を与えていません。ですから、私たちの自我はまだ完全なのです。誰も必要ありません。同伴者も友達も、快適になるためのどんなぜいたく品も必要ないのです。それで、子宮の中ではどんな 状況でも気分がいいのです。それは、そのとき私たちは霊魂であり、マスターであり、まだ神と一緒にいるからです。

ですから、私たちはその状態を思い出してみると、再び楽しくなります。ほんのしばらくの間、少なくとも毎日の十分の一の時間でも利用して、神の純粋さを伴った喜びの中にひたるべきです。さもなければ、私たちはこの世界の邪悪な気分に押しつぶされて、どんどん息苦しくなります。そして今、このような状態になってしまいました。みなさんは、それに変わるものを求めようとします。飲酒、麻薬、女性、金銭、権力、地位、名声、これらは失ったものの代替品です。ですから、この世界には貪欲な人、残酷な人、野心満々な人、欲求不満な人、自己中心的な人がいますが、そのような人々も責めるべきではありません。彼らは、ただ渇望しているだけです! このような人々は、過去世で十分な功徳を積んでいなかったので、彼らを本当の快楽の道に導いてくれる友だちや、先生に会えないのです。彼らは自分自身の力で、あらゆる手段を使って本来の自分を探さなければなりません。ときにはつまづいて、自己を傷つけてしまうこともあります。ですから、私たちは世の中の人に悲しみを感じます。本当に彼らを憎んだり、彼らの行動について責めたりすることはできません。ただ彼らは非常に不幸 なだけです。

けれども、私たちははるかに幸運です。たとえ全財産を失ったとしても、再び得ることできます。そして簡素な生活をすることもできます。私たちは他人から貧乏だと思われても、銀行口座がなくても、キャデラックの車がなくても気にならなくなりました。それは、私たちの内在の加持のパワーが再び目覚めてきているからです。ですから瞑想をしましょう。そうすればますます私たちは、名誉や名声や他人の意見に執着しなくなり、いつも楽しくしていられるのです。

けれども他の人々は、例えばお金持ちでも、すべてのものを手に入れても幸せではありません。ときには、お金と名声は、彼らに良いことよりも、害の方をたくさん与えることがあります。お金持ちになって乱交してエイズにかかったり、あるいは、麻薬を吸って自分の肉体や精神を傷つけたりします。もし彼らが、このような混乱した心境のままで生まれ変わったら、もっとレベルの低い衆生になってしまうでしょう。

ですから、お金は万能ではありません。もしあなたが正しく運用しない場合の話ですが。私は、みなさんがお金を得て独立することを願っています。そして、私たちは富やそれを得る力を不幸な人たちに分け与えるべきです。成功はもちろん良いことです。しかし、私たちはそれが人生の目標ではないことを知っています。ここが、あくせくして営利を求める人とは違うところです。営利を求めることは、私たちの心を非常に混乱させます。もし私たちがお金を得ても、ただ快適な生活をするだけでなく、人々に分け与えるためにお金を稼ぐなら、少しも不愉快なことにはなりません。得たときは、もちろんとても嬉しいのですが、失ったとしても悲しくありません。私たちは、これが大したことではないことを知ってるからです。これが瞑想の長所です。つまり本来の自分を見つけることです! (拍手)

天国からの情報に耳を傾け、自己を信頼すべきである