マスターのフェアリー・ジュエリー「肯定は勝利す」について
広大な宇宙には、陰と陽の二つのエネルギーがあります。私たちはほとんど陰の力の中で暮らしていて、毎日たくさんの否定的な情報や概念を受け取っています。世界が貧困や戦争や苦痛で満ちているのはこうした理由です。もしこの苦海から開放されたい、そして世界を救いたいと思うなら、私たちは肯定的で建設的な情報を受け取るように切り替えなければなりません。そうするには、悟りを開くことが唯一の方法です。
開悟すると、私たちの内にもともとある肯定的な力に目覚め、無明ではなくなり、陰と陽の均衡が保てます。それが、この「肯定は勝利す」という作品を製作したマスターの意図です。マスターは、生きとし生けるものの振動力の高揚と魂の浄化を願っています。以下はフェアリー・ジュエリーのこの作品に対する私的考察です。
真珠は知恵の光を、トパーズは神の光を表しています。その二つの神々しい光の輝きのもと、貪欲や怒りや愚かという否定的な欲望を表すヘビが、愛の光に影響され、征服されて、ついに肯定的な力になっていきます。そのため、このヘビはきれいな金色になったのです。さらに、マスターは特殊な記号「∞」を用いました。これには三つの意味があります。まず最初は「無限大」という意味です。私たちがいったん神の力と通じれば、私たちの知恵の光が絶え間なく世俗に反映します。これがいわゆる「無量光」です。二つ目は、終わりも始まりもない、「天体軌道」という意味です。三つ目は「人」という意味です。「道徳経」の中に、関連した一節があります。
「形はないが、混沌としたものがあり、
天と地より先に存在していた。
音もなく、空漠。
あらゆるところに充ち、疲れることがない。
それは天下の母だといわれる。
その名は知られておらず、
「道」と呼ぶだけである。
もし私が名をつけようとするなら、
それを「大」と呼ぼう。
「大」とは無制限に広がっていくことである。
無制限に広がるとは遠ざかることであり、
遠ざかるとは「近くに」帰ってくることである。
このように「道」が大であるように
天も、地も大、人もまた大である
注1 「老子の思想」より引用 張鍾元著 上野浩道訳 1987年 講談社
結論として、道は天地創造以前から存在していたということです。それは空で静寂で、万物の上高くにあり、不変で、時と場所にかかわらず絶え間なく運行しています。私たちはそれを「道」と呼びますが、強いて用いるなら「大」という文字で表すこともできます。
前述の引用句から、道が「大」で表わすことができるのがわかります。中国の象形文字では、「大」という字は人が四肢を伸ばした形です。この記号「∞」には二つの輪があり、道の働きを表わしています。一方の輪が頭を象徴しているのに対し、もう一方は体を表しています。観音法門を修行した人なら、二つの輪の結合点が知恵の眼を表わしていることがわかるでしょう。二つの輪はそれぞれ反対の方向へ伸びて、浄土かあるいは穢土(苦しみのある世界)への道を指しています。
道、天、地は別として、人もまた大です。人がどれほど大なのでしょう?仏教の経典では以下のように言っています。「人は全宇宙を包含する」と。天国や地獄でさえ、私たちの内にあります。霊的修行を続けて、そして、内在の神と天国を見つけだすために、この貴重な人の体を上手に使うかどうかは、私たち次第です。内在の神を見つけてしまえば、たとえ天国に帰る道に魔のような障害がたくさんあったとしても、私たちにとって「肯定は勝利す」なのでしょう。
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