質問:私は劇場でたくさんのダンサーや役者、音楽家などの芸術家たちといっしょに仕事をしています。そしてその人たちが麻薬を吸ったり、挫折感から逃避するためだけに、いろいろなことをするのをよく目にします。芸術家なので、私たちはいつも心を開放したいと思い、できる限りさまざまなものを試してみます。しかし、私は観音法門を修行しているので、あのようにはできないのだと仕方なく思います。もちろん、そういうことをすべきでないと私はわかっていますが、彼らはときには理屈を言います。たとえば「すばらしい芸術家になりたければ、なにか試すべきだ」と。ときどき私は非常に困惑します。どうぞあなたの提案と援助をお願いします。
マスター:その人たちは彼ら自身とても困惑していて、生活が非常に空虚に感じているのです。彼らは力の限りを尽くして、大衆を楽しませた後、当然のことですが、とても空虚な気持ちになります。そして、彼らはどこに頼ったらいいのかわかりません。仏陀に祈り求めても、応えはありません。イエス・キリストに祈り求めても、イエス・キリストはそこに「架けられた」ままです。(聴衆笑う)ですから、もちろん彼らは早く心の空虚さを埋めるものを探します。大衆のための仕事はどんな種類であっても、最後はこの種の空虚な感覚をもたらします。この点をあなたははっきり理解しなければいけません。これはどの芸術家も受けなければならない大きな犠牲なのです。
質問:私は職業を変えるべきでしょうか?
マスター:いいえ!そんな必要はありません!あなたにはマスターがいて、観音法門があり、麻薬よりも迅速にあなたの内面を満足させ、落ち着かせることができる、瞑想の方法があります。なぜ、あなたはあの種の安い代用品など必要でしょうか?あなたは彼らに言うべきです。彼らを指導すべきです。彼らに引っ張られて、走らされるのではありません。あなたは光です。あなたは暗黒に従うべきではありません。(聴衆拍手)
質問:ときどき私は彼らの中にいて、とても孤独に感じます。
マスター:いいえ、あなたは孤独ではありません。あなたは彼らを指導しに来たのです。彼らを加護するために来たのです。彼らに欠けたものをもたらし、彼らの支えとなるのです。なぜなら、彼らは暗黒の中にいて、あなたは唯一の光だからです。それなのに、あなた自身も薄暗くなり、暗黒の中に入って行きたいのですか?(聴衆拍手)神様はあなたをそこに行かせ、その暗黒の中に一筋の明かりをもたらしたのです。あなたは彼らにより良い方法があり、より高等な方法であり、さらに害を生み出すこともなく、より満足できることを教えるのです。彼らはとても孤独で、あなたを必要としています。あなたは必ず強くなるべきですし、感謝すべきです。芸術家の仕事はとても高尚です。多くの人を幸せにし、楽しい時間を過ごさせます。彼らがすばらしい映画や、劇場パフォーマンスを観ることは、たいへん教育的な意義があります。
もちろん、私たちは何を与えたかに関わらず、いつでも空虚になります。これこそが、彼らがさらに孤独に感じてしまうという理由です。みなの熱烈な拍手の後、芸術家はより孤独で寂しく、より空虚に感じるだけです。それを私は知っています。毎週日曜日、毎回の大共修の後、私はこの種の感覚があります。私も空虚になるのです。私が自分のすべてを注ぐことで、みなさんは満足し楽しく感じるのですが、私はたびたび、とても空虚で孤独に感じます。芸術家ならいうまでもありません。けれども、私は強くならなければいけません。みなさんも強くなるべきです。私たちがここに来たのは、自己を強靱にすべきだからです。他人の頼りとなり、道案内をし、彼らの道しるべの明かりとなるのです。誘惑を受けてはいけません。近道を行けば、あなたは転んで後悔するでしょう。同時に、大勢の人も一緒に引きずり落としてしまうのです。あなたは自分の使命をはっきりさせ、なぜあなたがここに来たのかを知らなければいけません。あなたは芸術家であるだけでなく、聖人なのです。(聴衆拍手)私はそれがあなたにとって助けとなればと思います。
あなたは一人の聖人です。覚えておいてください。あなたは、見かけの芸術家という仮面を忘れるべきです。そこには一人の隠れた聖人であるあなたがいます。そうすれば、彼らはわりに心地よく感じるでしょう。あなたはより高等な、より有意義なものを彼らに知らせるべきです。たとえ彼らが受け入れること拒んだとしても、それでも彼らの頭脳は記録し続けます。ひいては、これまで記録してきたものよりも、良い材料を彼らに与えます。現在まで、彼らはみな否定的なものを記録してきたので、これにとって代わる、より良いものをあなたは彼らの頭脳にイン・プットしてあげなければいけません。彼らが受け入れるかどうかに関わらず、頭脳はそれでも記録するでしょう。その後、それは芽生えて成長し、そして花が咲き実を結びます。あなたのしたすべてに対して、自己の功績を考える必要はなく、かまわずにどんどんやれば良いのです。
毎回、あなたは他人と話したり、他人を楽しませたりして、良いことをしますが、なにかを失うでしょう。これは必然的なことなのです。もしあなたがどうやって補充するかを知っていれば、少したつと回復しますが、一部の人たちは知りませんので、より長い時間をかけてようやく元気を取り戻すことができるのです。彼らは即効を求めます。強大な空虚感に激しく打たれるように感じ、それは彼らを困惑させ、また孤独にしますので、他人が彼らに、「これを吸いさえすれば、天国にいるように感じますよ」と言うと、好奇心、軟弱さ、または挫折から、彼らはそれを試し、ふとした間違いが一生の悔いを残すことになり、二度と立ち直れなくなってしまうのです。これが問題点です。
みなさんは、やりたければどんなことを試しても構いませんが、以後の生活はどうなってしまうのでしょうか?ですから、どんな選択をするかは自由ですが、結果は同じではないことを、私たちははっきり理解すべきです。神様はあなたがしたいと思うことはすべて、どんなことでも試させて下さいますが、あなたには知恵があるのですから、自分にとってどのような選択が良いのかを知らなければいけません。
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