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ジャパン・ジュエリー・フェアでひときわ輝く、Ceiestial ジュエリー

東京>マスターがデザインしたジュエリーが、東京で開催されたジャパン・ジュエリー・フェアで日本で初めて紹介されました。当初出店希望が非常に多く、その選考にもれてしまいましたが、数カ月後にその事務局から「キャンセルが出た」という連絡が入ったのです。これはマスターの愛のパワーのおかげとしか言いようがありません。さらに幸せなことに、私たちのブースは前の日に搬入出口と休憩コーナーブースに配置されたのです。 ブースではマスターのジュエリーがディスプレイされ、と同時にマスターのファッションショーとベトナム語のビデオを放映しました。その場所だけ、他のブースとは全く違った、まさにCelestial な雰囲気になっていました。 フェア初日は雨が激しく降り出し、次の日もまた雨でした。そしてその甘露の雨は、マスターの化身が来てくれたことを感じさせました。私たちはマスターがいつ来てもいいように、そして同修たちもそこで座禅できるようにと、会議室を借りていました。フェアは成功に終わり、そこで打ち上げパーティーを行いました。 パーティーが終わり、一階のロビーに降りるとちょうどレインボーシャワーのアトラクションが始まったところ でした。これは一定の時間になると吹き抜けの天井からシャワーが降ってきて、音楽とともに虹色のスポットライトが当たるという光と音の調和のアトラクションです。 私は同修たちといっしょにそのスペクタクルを見つめていました。そしてシャワーの色がゴールドに変わったとき、マスターのことを深く思いました。マスターが愛のシャワーを降らせてくれたのだと感じたのです。そのライトは、慈悲深く、荘厳で、とても優しくまるで「私はいつもあなたといっしょにいますよ」と言っているかのようです。私たちの目に涙があふれ、抱き合って泣いたのでした。

絵画展「2000年の傘」

<東京>ニュースマガジン79号のオープンスペースに紹介された、インドネシアで有名な女流画家、ルチア・ハルティニさん(愛称ティニ)の作品「2000年の傘」には未来に対する警告がたくさん含まれていました。

今回、日本においてインドネシアの日本友好祭の中の一つ、「The Mutation“インドネシア・リアリズム絵画とその変容”」が、東京赤坂で開催されることになり、その中の一人の招待画家としてティニも来日することができました。

その展覧会のための、マスコミその他の人々を招待して行われたオープング・パーティーに、日本の同修たちもかけつけました。ティニは記者会見が始まらないうちに同修たちを展示場に案内し、同修が期待していた「2000年の傘」以外にも、印心後に完成したマスターを描いた大作2点、「静かなる祈りT」「静かなる祈りU」が飾られており、それらの絵について説明してくれました。それから彼女は印心後、インスピレーションがもっと豊かになって一つの絵を完成させるのにも、印心前より早くなったということでした。

ある同修は「2000年の傘」だけが来ているものと思って会場に来てみると、目立つところに飾られた3点ものマスターの大作の絵に感激して泣きだしてしまいました。又、何人かの同修は座禅をしているマスターの白衣が風に揺れているところをはっきりと見たと言いました。会場では79号の「2000年の傘」の記事を日本語に訳したパンフレットを、急きょ用意し、その前に立って観賞している人たちに配ったり、ティニがインタビューを受けた時に、マスコミの記者にも渡しました。その中の人物は彼女のマスターであることも紹介しました。日本のたくさんの人々とマスターとの良縁を結んでくれた大変大きな収穫をもたらしました。今回偉大なメッセージを持ち込んで下さったことに感謝の気持ちを述べたところ、彼女はすべてマスターのおかげですと謙遜しました。

マスターの絵の前で、ティニの写真を撮り、彼女に別れを告げました。天気予報では「晴れ」でしたが、会場を後にし記者会見の時刻には大雨となり、この夜東京の汚れをこの雨が洗い流し浄化してくれました。今回の展覧会も同じような意義があるものと思っています。

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