問:次元に関する質問なのですが。ある物理学の法則によると、エネルギーは常に、より低い振動からより高い振動の方へ流れていくそうです。それで、私たちは印心していない人とも交わりますので、ときにはそれが瞑想に影響を及ぼすのではないかと思うのです。もし、低い振動が高い振動の方に流れていくというその法則が真実なら、そういうことがある訳ですね。
マスター:いいえ、違います。高い振動が低い方へ流れ落ちるのです。低いものは上へは行けません。ただ高い方が下へ行けるのです。ですから、あなたの振動力が下へ降りてくるということです。あなたは、どういうことが知りたいのですか。あなたの振動力が上昇するか下降するかを知りたいのですか。
問:いいえ、私たちは瞑想し、印心もしています。ですから私たちが他の人と一緒にいると、それが彼らの上昇の助けになるのか、それともまた同時に私たちも引き下げられるのかということが知りたいのです。
マスター:そうです。両方向ともあります。彼らが上昇することを助けるためには、あなたがまず下降していかなければなりません。
問:ときどき、このような状況が私の瞑想に影響を与えるのを実感することがあります。しかし私たちが他の人と一緒にいるとき、私たちのレベルは本当に引き下げられてしまうのかということが知りたいのです。それともただ自然にカルマが交換されただけなのでしょうか。
マスター:もしビジネスの用語を用いて言えば、あなたはある程度損をしたということです。でも、もしあなたが十分強ければ、あとで再び補充することができます。もし十分強くない場合には、非常に長い時間にわたって、他の人々によって弱らされてしまうのです。ですからあなたたちは必ず自分たちの加持力の在庫を十分にしておかなければばりません。これが、なぜ毎日瞑想をしなければならないかという理由です。そうでなければ、あなたたちは既に成仏しているか、自分が仏陀そのものだということを思い出しているはずです。もし人に何かを与える必要がないなら、あなたたちはここに来る必要も、私に会いに来る必要もありません。もうこれ以上何も必要としないでしょう。
けれども、これもまた私たちがこの世界へ来る理由なのです。この世界に来て、たくさんの食べ物を食べて、たくさんの物事をこなし、そして大きくなってマスターや教師に会い、彼らがあなたたちを教育し、その結果、「よろしい、みなさん。もう独立して自由にどこでも行けますよ」と、いうわけにはいきません。あなたは、あることを自動的にやらなければならないのです。それは電気や水道料金の自動振替と同じです。それはあなたが、電気や水を使ったからです。実は、私たちがこの世界で使っているものはみな、物質世界のものです。でもお返しをするとき、私たちは霊性上の修行を以てしか支払うことが出来ません。でもこれでいいのです。私たちはみな兄弟ですから、私たちが貢献することはとてもよいことです。
問:そうすると、私たちは引き下げられたと感じたとき、ひたすら多く瞑想すれば、再び上昇することができるというわけですね。
マスター:ええ、勿論です。多く瞑想するか、放っておくか、自然に任せればよいでしょう。これが最良のシステムです。つまり、持っている人が持っていない人に与えればよいのです。物質的なものでも、精神的なものでも同じです。どの世界でも、みなこのようにあるべきです。私たちの世界にこれだけ貧困、落伍、苦難が多いのも、全ては人々が分け与えることをしないからなのです。物質的な面でさえ、この様に持っている人が乏しい人に与えようとしないのですから、私たちがこのように悲惨な状況にあるのも無理からぬことです。ですから、私たちは改めなければなりません。全世界を変えることはできないかもしれませんが、自分を改めることはできます。少なくとも私たちの環境、私たちの兄弟を変えることはできます。
そうすれば、私たちは天国、つまり内面の天国に住み、自分がとても素晴らしいということ、そしてやるべきことをやっていることが分かります。この世界が現在私たちがしているような方式に変われば、すぐに物質的な面だけからみても、飢餓、貧困、災害にこれ以上苦しむことはなくなります。たとえ災難が発生したとしても私たちは直ちにお互いに助け合うはずでしょう。私たちはこの自動供給制度に従いさえすれば、つまり私たちが今自分たちの霊性の財産について行っている方法に従いさえすれば、この世界は二度と飢餓に苦しむことはないでしょう。
私たちは内面の加持力を持っていますが、まったく考えることさえなく、自然に人々に分け与えます。あなたたちが病院やどこかに誰かのお見舞いに行ったとき、そこに座っているだけで、何もしていないのに、彼らはよくなったことを感じます。なぜならあなたたちの体には加持力があって、彼らがあなたの加持力を貰ったからなのです。これがつまり宇宙のシステムです。すなわち、持っている人は持っていない人に供給しなければならないのです。これこそ私たちが神になれる唯一の方法です。というのは、神としての唯一の在り方はつまり愛の力なのです。この宇宙においては、無条件の愛以外には他に何もありません。愛の力こそが最も重要なのです。もし私たちがこの課題を学ぶことができなければ、どこへも行くことはできません。本当にやるべきことをやり終わるまで、必ず何回も何回も帰って来なければならないし、そのつど悲しみを感じ、苦しみます。もし、私たちがこの事実をまだ理解していないなら問題ないのですが、すでにはっきりと分かっているにもかかわらず、まだやらないのなら、私たちはとても嫌な気分に陥ることでしょう。この点について、みなさんはよく分かっているこ
とと思います。
問:私が同修と一緒にいるとき、彼らと話ができるできないにかかわらず、また彼らが中国人であろうと、オゥ・ラック人であろうと、他の国籍であろうと、私は非常に気持ちよく感じますし、家に居るときのように、家族の一員であるかのように感じ、その上私の霊性さえも養ってくれます。ですから私は自然にかつ直感的に、同修と一緒にいると、私の霊性はより高く引き上げられることが分かります。しかし印心していない人と一緒にいると、かなりのものを消耗したと感じるときがあります。印心していない人と交わると、私の修行の障害になるのではないかとさえ思ってしまいます。それともこれは本来私の修行を通して通過しなければならない、自然の過程のひとつなのでしょうか。
マスター:そうですね。自然に任せましょう。人を完全に避けることはできませんし、その上私たちが修行するのは、全部の加持力を自分自身のために蓄積するわけでもないのです。ですからどんな所でも構わずその辺をぶらぶらしてください。(みな笑う)誰かと付き合うべきならその人と付き合ってください。あなたは、自分がいるこの世界が印心していない人たちばかりではないことに感謝すべきです。多くの印心している人たちもいるのですから。そういう見方をすべきです。あなたたちは一緒に戻ってくることができますし、お互いに慰め、助け合い、また出ていってこの世界で蹴とばされたり、打ちのめされ、そしてまた戻ってくるのです。
私たちは幸せなほうです。私たちには一つの大きな家庭があり、沢山の友達がいて同じ理想や興味を分かち合ってくれますし、彼らは私たちを理解し、助け、支持してくれ、その上私たちに対して非常に誠実です。これは私たちにとって非常に大きな慰めになります。外の人たちはこのようなことは望めません。ですからもっと外に出て行くべきです。彼らにあなたがいかに良い人であるかということを、世界中にはまだ信頼できる人がいるということをわかってもらいましょう。自分自身が模範になりましょう。彼らがあなたに従うかどうかは彼らの問題です。何のために隠れたりする必要があるのでしょうか?
大丈夫です。どこへでも行きましょう。私はあらゆる場所へ参ります。(みな笑いながら拍手)私はただここでだけぶらぶらするのではありません。あなたたちに会っていることも楽しいのですが、他の所へも行きます。あなたはどう思いますか。ホテルに滞在し、デニーズで食事したり、コーヒーを飲みにインポートクイへも行きます。それに、私はマクドナルドでフライドポテトやアップルパイを食べたりすることもあります。本当に私ははどんな所へも行くのです。そしてそこへ行ったら面倒なことがあるのではないかなどと考えたりすることさえありません。ただ行くだけです。いかなる場所も神の場所であり、ですからすべての場所があなたたちの家なのです。
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